90 温室にて②
「そんなことより、あなた、リーグラスフィン大公国の事件はご存じ?」
「……。」
王族としての教養が抜け漏れているアンドルーには難しかったようだ。メアリーは彼への助け舟を出したいという気持ち半分、先ほど揶揄された気恥ずかしさを隠したいという気持ち半分で、口を挟む。
「えっと、もともと一族経営で国家の要職を席巻していましたが、改革により官僚制を導入した時に起きた反乱のことですよね。でも、皇后様。何故、急にそれを?」
エルドレンは話の内容を把握しているのか、神妙な顔をして、手に持った皿を静かに置く。
「あら、メアリーは母上と呼んでもいいのよ。」
セレスティアは口では冗談を仄めかすが、その表情は真剣だ。
「実は、私そちらの出身でね。改革の実行者は大公となった父、反乱はその姉が率いたと言われていてね。」
「まあ。」
「反乱はほどなくして抑えられたわ。ただ、その姉は望み通りスッツデール帝国の侯爵家に嫁いだから、そんなことを起こすようには思えなくて。」
セレスティアは溜息を吐く。
「ただ、その子であるマシュベリーは、私たち兄弟を羨んでいた節があるの。私の髪を切り刻んだ時には、『私も本当は一城を持つ姫になれたのに』って言っていたわ。確かに改革がなければ彼女はそうなる可能性はあったけれど、そもそも彼女の母親が海外に嫁いでいる時点で叶わないことだし、逆恨みなのよね。」
「マシュベリー前皇后の元来の性格が私が知っている者とは違うとは言え、反乱分子の子だからといってそこまで警戒する必要がありますか。武器も扱えぬ、ただの女性では?」
アンドルーはなまじ城での彼女の人となりを知っているからか、過去はともかく、現在も警戒すべき女性だというのが信じられないのだろう。
「そう。そちらでは上手く隠せているのね。詳しくはわからないのだけれど、どうやら幼きマシュベリーが反乱について裏で手を引いているという噂はあったの。ただ、彼女の母が口を割らなかったから、それ以上はわからなくて。」
「その身分なら、修道院送り程度でしょう。いつまでも話さなかったとは口が堅い。」
セレスティアはゆっくりと首を振る。
「いいえ、父である大公は大公国の領土を2度と跨がないことを条件に、自分の姉をスッツデール帝国の領地に返したわ。そして、彼女の訃報が知らされたのはまだ反乱からの立て直しに手が取られている時だった。」
それを聞いて、これまでずっと黙っていたスヴェンナがおずおずと手を上げた。セレスティアに頷かれて、彼女は手でドレスの裾をぎゅっと握りしめる。
「あの、私が言うのも何ですが、身内にそんな方がいらしては、マシュベリー様は皇族に嫁げないのではないですか?」
「いいえ、対外的には秘匿したのよ。さっき、メアリーが指摘した時も首謀者の名前は上げていなかったでしょう。」
「な、なるほど。」
素直なスヴェンナの様子に、セレスティアは彼女の頭を撫でている。
「恐ろしいのはここからよ。」
彼女は半分以上空になったアイスティーのグラスを置く。
「当時、前皇帝はまだ皇太子でね。年齢は今のメアリーよりもう少し幼かったと思うのだけど、母君である皇后を亡くして悲しんでおられたの。そして、皇后の訃報から時を経ずして、マシュベリーの母は亡くなっているわ。」
「それはただの偶然では?」
アンドルーは首を傾げる。
「あら、そうかしら。母を亡くしたという共通点で2人は繋がり、婚約者候補と言われた数人の令嬢が原因不明の病で倒れて、急にマシュベリーに婚約者の白羽の矢が立ったとしても?」
「……。」
流石の彼も納得したようで、返す言葉がないようだ。
「だから彼女は本当に領地に引きこもっているのかしらね。」
セレスティアはそう言うと、過去の思い出を思い返すかのように、どこか遠くを見つめている。
メアリーには詳しいことはわからないが、シュレインの母であるマシュベリーが、裏で手を回しているという話には合理性がありそうだ。ポリーの力もあって、メアリーはエーデルとシュレインを救出できたが、皇帝となったアンドルーを邪魔する人間がいたとは言え、彼が王宮の敷地内で子どもを見つけられないということがあるだろうか。
「母上の仰りたいことはわかりました。ですが、そちらに割ける人員は……。」
エルドレンの言いたいことはわかる。彼もアンドルーも為すべきことがあるし、スヴェンナはシェレンディア帝国に、メアリーはラウスト王宮に一時戻る予定としていたのだ。それにここにいる関係者はスッツデール帝国と敵対する国の出身ばかりで、その観点でも適切ではない。
なら、敵対する国でなければ良いし、歓迎される関係者なら良いのでは?
「あの、その領地。私が行ってみてもいいですか!」
メアリーはその場に立ち上がり、皆の注目を集めた。少し雲に隠れていた太陽は再び姿を現し、地面に光を降り注ぐ。暦の上では遠くとも、もうすぐ夏は近づいて来ていた。




