87 作戦会議
「ご名答。」
「ど、どういうこと?」
アンドルーの横でスヴェンナは首を傾げる。メアリーもちょっとついていけないので、とりあえず4人分のお茶を用意し始めた。
「まず、スッツデール帝国は一枚岩ではない。裏切った派閥も、全権を掌握できていない。現にここクラウゲンだけでなく、各地の侵攻が止まっており、膠着状態と言える。おそらく、アンドルー皇帝、いや前皇帝の影響が強かった軍部はコントロールできていないとみるのが妥当だろう。」
エルドレンは懐から、形式の異なる新聞を取り出す。フィストラル語、ラウスト語等様々な言語で書かれたバラバラな日付の新聞であったが、先ほどの発言を裏付けるように見出しが躍っている。
『海のスッツデール、陸地では船頭は役に立たない模様』
『スッツデール帝国、あの快進撃はどこへやら』
アンドルーはそのうちの1紙を手に取り、一通り目を通してから口を開く。
「侵攻のの情報が正しいなら、そうだろう。それに、皇太子、私のことはアンドルーで構わない、冠は既に失われたからな。」
彼は皮肉交じりに口角を上げる。
「じゃあ、お言葉に甘えて。アンドルーを裏切った派閥からすれば、何かが転んでお前が帝国の地に舞い戻ってきたとしよう。その時、お前は軍部を引き連れて乗り込んでくる可能性が高い訳だ。」
「もしかして、エーデルは取引の材料にされるということ?」
メアリーはお盆にポットと4人分のティーカップを乗せて現れると、エルドレンに問いかける。
「そうだ。みすみす、交渉材料を手放すことはしない。」
エルドレンは為政者らしい目でもって、語りかけてくる。
「それにおかしいものね。私、エーデルとシュレインには土の下の秘密部屋で会ったけれど、最後に別れたた時は城の中だもの。」
「そもそもエーデルたちは君が見つけてくれていたのか。」
メアリーが口を挟むと、アンドルーが横から大声を上げる。
「ええ、そうよ。」
紅茶を注ぎながら、メアリーは事も無げに答える。
「新聞では土の中で遺体が見つかったと言うけれど、それってその情報を知らないルイ様が納得できるように用意されたもののように感じてしまうわ。」
「それはアンドルーを自死に追い込もうとしたと作戦だろうな。これはうまくいけばラッキーくらいの感覚で流した嘘だろうが。」
「まんまと、私はキリアンに乗せられたという訳か。浅はかだったな。」
アンドルーは肩を落として、降参だとばかりに両手を上げる。
「え、キリアンが?」
そもそも、キリアンが裏切った側だったんだ。メアリーは手に取った紅茶の水面を揺らす。そのつぶやきをかき消すように、スヴェンナが大声を張り上げる。
「え、ルイ。あなた、死のうとしたの?」
「君に会えたから2度とそんなことはしないさ。」
エルドレンは2人の甘い雰囲気をじっと見つめながら、勢いよく咳き込む。
「悪かったな。君たちも愛を囁きたいところなのに、私たちだけ楽しんで。」
「なん――。」
エルドレンがその頬を真っ赤にする。
「ルイ、人を弄ぶその癖は良くないわよ。昔から注意していたのに。」
「すまない。」
完全に尻に敷かれた様子のアンドルーを見て、残りの3人は声を上げて笑う。
「さて、息抜きはこのくらいで作戦会議と行こうか。」
エルドレンは手を叩いて、注目を集める。
◇
アンドルーは紅茶の薄さに苦言を呈し、またスヴェンナさんに怒られていた。彼女は今、シェレンディアの劇場で指導者として働いているらしく、自然とコーヒーよりも紅茶にも詳しくなったらしい。
テーブルでメアリーとスヴェンナが会話に勤しんでいると、奥の机から怒号が聞こえてきた。
「皇太子、私を利用しようと言うのか。」
「人聞きの悪い。アンドルーも息子は救いたいだろう?それに、シェレンディアに3人とも亡命させてやると言えば?」
青の瞳と深緑の瞳がぶつかりあう。
「世界大戦を引き起こしたくないんだ。」
「違うな。皇太子の魂胆はわかっている。玉璽がほしいだけだろう。」
2人の動きが止まったかと思えば、アンドルーがすっと手を差し出した。
「まあ、いい。お互いに利益のある話だ。」
「支援はしよう。」
エルドレンもその手を握り返す。
「当然だ。」
アンドルーはもう一方の手で、エルドレンの手を叩いた。
そんな彼らを見つめて、スヴェンナはふふふと笑う。
「あら、お互い主人が忙しくなりそうね。」
彼女にもすでに冠はないと言うのに、元フィストラル王妃は伊達ではないようで、動じた様子がない。
「行く末が不安かしら。」
「いえ、それは心配していないのですが。エルのこと、主人だなんて……。」
メアリーは顔を赤らめて、それを手で覆おうとする。
「あら、自信を持って。2人はとてもお似合いだもの。」
スヴェンナは何かに気が付いたように、メアリーの手首を指先でなぞる。
「あ、これは先ほどの話にもあった煙草の件で疑われまして。ちょっと手首を拘束された跡なんです。」
「そういうことにしておいたのね。」
スヴェンナは海のように深い色をした瞳をこちらに向ける。何もかも理解していると言わんばかりのその瞳は、海溝のようで一気に吸い込まれそうだ。
「彼、束縛強そうね。気を付けて。」
ふふふと笑うスヴェンナに、メアリーは愛想笑いを返すしかなかった。




