86 皇太子の推察②
その後、メアリーとともにジャンというスッツデール帝国の者がやってきた。同行していたユーリは珍しく汚い言葉を吐き捨てていたが、それらの情報を繋ぎ合わせると、どうも腹に色々と抱えた人物らしい。
そのジャンは足元の動きからして、良く訓練された軍人というのが分かる。メアリーの護衛として同行したという申し出には疑問を持たざるを得なかった。むしろ、皇帝を始末しに来たのだなと思い至る方が容易かった。だから、彼に選りすぐりの部下を付け、一晩中見張らせておいた。
だが、事件が起こったのはその天幕ではなく、休憩所で起こった。エルドレンの天幕からも聞こえるほどの悲鳴に急いで駆け付ける。
すると、倒れた部下は意識もなく、口からは泡を吹いていて情報が取れないが、煙草をのんでいたようで、足元に炭を落としていた。それは普通の灰色がかったものではなく、薄く黄味が勝っている。他にもその煙を吸ったものが体調不良をきたしており、夜明け前にも関わらず、その場は騒然としていた。
エルドレンよりも先んじて到着し、既に聞き取り調査を終えていたラウルから、彼が本来アンドルーの天幕の守衛をすべき人間であり、勤務中にも関わらずここにいたことが分かった。それだけでなく、彼は同僚たちに『皇帝が密会をするために自分は席を外したのだ』と話していたらしい。当の本人を締め上げる必要があるが、それ以上に嫌な勘が働き、エルドレンは馬を走らせる。
すぐにアンドルーの天幕に着いたが、そこはどう転んでも、密会とは言えないほどやかましいものだった。相手が危惧していたジャンではなかったが、声からメアリーがいることがわかる。何故、2人でここに?アンドルーの嘘だと思い込みたかった、メアリーの情報はまさか本当のことで、2人は書類上だけでなく、本当に夫婦となったのだろうか。
震える手で扉代わりの大布に触れる寸前、はたと手を止める。2人の会話は彼らの婚姻に関することで、そっと耳を傾ける。
『だけど、例外があるんです。結婚契約だけして、……まあ、その……契りを……結んでいない……と言いますか……、つまり、白い結婚なら嫁げるんです。』
『いや、今のでわかるだろ。』
『だから、ルイ様が証明してくれないとだめなんですって。』
やはり、アンドルーは殺されようと望んで、自分の地雷を踏みぬくような狂言師を演じていたのだ。エルドレンはメアリーの身の清さを確信し、まだ彼女との婚姻が望めることにほっと胸を撫でおろす。彼らの言葉を噛みしめていると、中から大きな物音が聞こえる。
『エーデルも失ったら、私はどうしたらいい。』
嗚咽とともに漏れ出た言葉に、点が線で繋がっていく。スッツデール新皇帝を報じる新聞を見て、自身の皇位を奪われたことではなく、エーデルの死亡を聞いてを取り乱すアンドルー。メアリーからの彼の初恋の相手、スヴェンナを探してほしいという依頼。そしてその彼女も、今の彼と同じ言葉を護送中に漏らしていたと聞く。
アンドルーはスヴェンナとの間の子であるエーデルを即位させたかった。そして、スッツデール帝国を動かす何者かは世界大戦を起こしたかったのだ。利害が一致し、計画を進めていたが、大方、彼は裏切られたというところだろう。
大戦を起こしたい理由はわからない。だが、戦時になれば利益を得る商人もいる。そう考えると、メアリーがモレスティアで誘拐された際、橋に設置された爆薬は犯人である遊牧民の生活にはないものだった。もしかして、この件も繋がっているのかもしれない。
後の調査で、ジャンがアンドルーの天幕を訪れる予定のメアリーに毒入りの煙草を渡して、自分の手を汚さずに殺そうとしていたことが分かった。彼女に関しては、軍としては厳しい監視を敷いておらず、その点が利用されるとは、盲点だった。
メアリーの天幕を訪れた際に、滴り落ちていた血は、そのジャンと言う者の血だ。殺してはいない。もっとも本人は死んだ方がましと思っているかもしれないが。
◇
エルドレンは独白は省いて、事実とそれに対する推察を淡々と説明していく。
「えっと、第1皇子様、エーデルが生きていると言う情報がなかったように思うのですが?」
スヴェンナは遠慮がちに、声を上げる。
「エルドレンで構わない。お前なら分かっただろう。」
エルドレンはアンドルーに青く澄んだ瞳を向ける。
「私が生きている限り、息子は殺されないということか。」
深緑の瞳は生気を取り戻したようにきらりと光った。




