72 ループ
「ありがとう。こちらはステラテア・キャンデル子爵令嬢、ポリーにとってはセイラの方が分かりやすいかしら。」
それを聞いたポリーは開いた口がふさがらないまま、ステラテアにふよふよと近づいていく。
「えっ、セイラ?本当にセイラなの?」
ポリーは先ほどからステラテアに透けた腕を絡ませようとして、ただ手を交差するだけの不思議な行動を繰り返している。
「ポリー、さっきから何をしているの?」
「あ、そっか、そうよね。」
ポリーが手を叩き、指をくるくると動かすと窓も開いていないのにステラテアの黒髪が舞う。彼女が纏うムスクの香りがほのかに漂う。
ああ、懐かしいな。私のメアリーはここにいたのね。
◇ ◇ ◇
最初の1周目はここがどこだか分らなかった。ただただ、巻き込まれていっただけ。
2周目に同じ朝を繰り返した時、この世界が繰り返されることに気づいた。
私が彼女に出会ったのは5周目の時だった。その時初めて、この世界がゲームの世界だとわかった。致命的な結果を迎えれば、私はあの朝に戻る。何度も、何度でも。
それでも私とメアリーだけは繰り返すたびに記憶を重ねて行った。孤独な2人、誤った選択を繰り返しては、再び出会う。
もう何周目か数えるのもやめた時、メアリーはスッツデール帝国にまた嫁いでいく。私は何も変わらないと思っていた。もう繰り返すのもうんざりだと思っていた。このループから抜け出したいとも思っていた。彼女の訃報をただ一通の手紙で知るまでは。
違う朝が来た。違和感の残る体にやっと慣れた頃、メアリーの名前を新聞で知った。でも、それは私の知るメアリーではなかった。プレイヤーが変わったまま、この世界が新たに時計の針を進めたのだ。
それに気づいても、孤独を共有していた彼女には会えないまま、ただ時間が過ぎていく。
幾度も繰り返した世界を知っている、だから、未来を予測できる。占いと称して未来を言い当て、それだけを武器に生き抜いてきた。いつか、彼女に会えることを信じていた。
そんな折、例の王女が連邦にやって来ると耳にした。
だから、メアリーを騙る王女に会ってやろうと思ったのだ。
あのシャンデリアの下で、私のメアリーを奪った女に。
◇ ◇ ◇
「セイ…、あ、ステラテア。どこか痛い?」
ポリーは慌てた様子で、ステラテアの周りを大げさに覗き込む。
「セイラでいいわよ。」
ステラテアは顔に手を当てて、頬に伝う水滴を拭う。
涙を流す1人とその周りに浮かぶ幽霊が楽し気に言葉を交わす様子を見て、メアリーは安心した表情で息を吐く。メアリーの予想通り、やっぱり彼女たちはセイラとメアリーとして生きてきたのだろう。
落ち着いたら、彼女たちからも話を聞いてみたい、そんなことを考えながら、メアリーが彼女たちをぼんやりと見つめていると、急に振り返ったステラテアと視線が合う。
「お礼に1つ教えてあげるわ。」
彼女は真っ赤に目を腫らしているが、その表情は晴れやかで、口調はいつも通りだ。
「いい、新たなメアリー。あなたはアンドルーを救いなさい。」
「え、ど、どういうこと?」
ステラテアは大時計に目線を送ってから、再度口を開く。
「時間がないわ。急ぎなさい。」




