71 来訪者
「叔父さんまだ帰ってこないのー?」
シュレインは足をぶらぶらとさせながら、ソファに座る。土の下に隠れていたエーデルとシュレインを城に呼んでから1週間、アンドルー皇帝はずっと不在のままだ。
「キリアン、まだルイ様は戻ってこないのかしら。」
「そうですね……。」
キリアンは何か事情があるようで、目を泳がせる。城は以前よりも一層静寂に包まれていて、アンドルーが前回不在にした時よりも多くの軍人を伴って行ったことはメアリーですらわかった。それに、キリアンがここ数日、こそこそと書簡をやり取りする姿も目撃していたのだ。
「もしかして、戦線が拡大したの?」
「いえ、いえ。」
メアリーが問い詰めると、キリアンは焦った様子で両手を胸の前で振る。明らかに動揺を見せる彼に嫌な勘が働く。
「もしかして、ラウスト王国へ?私がいる間は手を出さないって約束だったのに!」
「まさか。皇帝陛下は約束を守る男です。それに、今対峙しているのはラウストではなくシェ……。」
キリアンはしまったという表情をして、口を塞ぐ。
「そういうことね。」
メアリーは頷きを繰り返しながら、どこか不安そうなエーデルとシュレインの頭を撫でる。艶やかで、アンドルーにも似た金髪を持つ2人だが、エーデルは戦争の気配を察したのか不安げに、シュレインはただただ嬉しそうに抱き着いてくる。
「ちなみに、エーデルとシュレインのことはルイ様に報告したの。」
「ええ、2人が見つかったと。」
観念したキリアンは素直に答える。
「ただ、既に皇帝陛下は海上にいるので、情報が届いたかはわかりませんが……。」
メアリーは口元に手を当てて何か考え込む。しばらくして、コンコンというノックとともに、使用人が外から声をかける。
「どうぞ。」
「失礼します。メアリー様とお約束されたお客様がいらっしゃったようですが、いかがいたしましょうか。」
「ありがとう。ここに通してくださる?」
メアリーは使用人に微笑むと、彼女は驚いた表情をして足早に去っていく。少しのやり取りだけで、不慣れな様子が伺える。アンドルーが使用人たちを一掃してしまったという話は本当だったようだ。
「エーデル、シュレインお願いがあるの。」
メアリーが2人の顔を交互に見る。
「何、メアリー?」
「いいけど、あとで一緒にキッチンに行こう。」
「あら、シュレイン。あなたおやつを盗み食いするつもりね。」
3人が笑い合うと、メアリーは彼らに小声で囁く。
「簡単だよ。」
「すぐに来るから待っててね!」
2人は立ち上がると、バタバタと部屋を出ていく。キリアンは困った表情で、彼らを急いで追いかけていく。先ほどまでにぎやかだった部屋からは、1つの足音しか聞こえなくなった。
「メアリー様、よろしかったので?」
トレーを運び、テーブルを片付けに来たエイダが声をかける。
「大丈夫よ。とびきりおいしい紅茶を3つお願いね。」
「3つですか?」
不思議がるエイダをよそに、メアリーは静かに頷いた。
◇
「また会ったわね、王女様。あなたは何を教えて欲しいと願うのかしら。だけど、取引の材料なしには占えないわ。」
部屋に来てソファに座り込むなり、目の前の彼女は一気にまくし立てる。
「今回はその件で呼び出した訳ではないの。遠路はるばるありがとう、ステラテア・キャンデル子爵令嬢、……いえセイラ。」
「……。」
メアリーに対して反抗的な彼女が黙り込む姿は、その指摘が図星であることを如実に物語っていた。奥からやってきたエイダが、湯気の立つポット、3つのティーカップを並べる。彼女は目ざとく今から起こるを察したようで、メアリーにちらちらと視線を送る。
「何か言いたい事があるのなら、その顔についた口を動かしたらよくってよ。まさか飾りじゃないでしょう。」
前回とは形勢逆転した様子で、メアリーは微笑んで紅茶を啜る。1つのカップを置く音だけが、部屋に響く。
「王女様はアンドルーを救うつもり?」
「え?」
メアリーの疑問は、大きく開かれたドアの音にかき消される。
「メアリー、呼んできたよ。」
エーデルがメアリーの膝をめがけて飛び込んでくる。
「あら、ごきげんようメアリー。そしてあなたは誰かしら?」
そこにはシュレインの手を引く、ポリーの姿があった。




