66 茂みの中で②
「そういえばこの髪飾り誰かに取られてしまったみたいで探していたの。」
メアリーは手を開き、花簪をエルドレンに見せる。
「ごめんなさい、壊れてしまったみたい。」
「ああ、それは私が丸眼鏡の男から奪い返すときに折られてしまったんだ。そんなに気に入ってくれているなら、来年の花まつりの時にまた新しいものを贈るよ。」
エルドレンは未だメアリーが嫁いでくることを信じてくれている。そんな希望溢れる展望に、メアリーも少しだけ勇気付けられる。
「メアリーが私の贈り物を捨てた訳じゃなくてよかった。」
「まさか、そんな。」
メアリーが笑っているうちに、あることに気が付く。
「そういえば、花簪を持っていたのは丸眼鏡の男ですか?」
「たぶん、50代くらいの侍従かな。使用人の中では、それなりに役職が高そうな男だったが。」
もしかして。
「その男性、白い髭を蓄えてませんでしたか?」
「ああ、知り合いか?」
メアリーは頷く。その男は、先日メアリーを襲ったブシュロンの可能性がかなり高そうだ。
エルドレンは顎に手を当てて、何かを考えている。
「私がここに潜入する前、ラウルがここに潜んでいたんだが、そいつは頻繁にこの道を通っていたらしいぞ。」
「頻繁に?」
先ほどのキリアンの話によれば、使用人たちは墓参り程度にしかここを利用しないはずだ。侍従の彼がそんな頻繁に墓参りをするとは考えにくい。
(もしかして、他の目的があって、わざわざここまで何度も足を運んでいる?)
それに、先ほどまで通った道は、上は自然に任せたままの状態だったが、下は頻繁に人が通った形跡があった。
(つたはわざと放置して、あまり利用していないように見せかけている?)
メアリーが一人で考え込んでいると、エルドレンが思い出したという顔で話始めた。
「ああ、ラウルによれば何度か後ろをつけたらしいが、いつも森の向こうの湖のあたりで撒かれてしまったらしい。」
「確か、歴代皇族のお墓があるあたりですね。」
「らしいな。その奥にも木々が広がっているから、こちらがつけたことに気づいて隠れたのか、あるいは墓の中に消えているとか。」
エルドレンは冗談めかして笑う。
その時、遠くから人の叫ぶ声が聞こえた。3人が息をひそめると、その声はだんだん大きくなる。
「おーい、メアリー様!エイダさん!どこですかー!」
今度はキリアンの叫ぶ声がはっきりと聞こえた。
「ごめんなさい!すぐ向かいます。」
メアリーはその場で立ち上がり、大きく手を振る。安心した様子のキリアンはどうぞゆっくりでいいですよ、とこちらに叫び返す。
「時間だな。また、すぐに会おう。」
エルドレンは別れの言葉を口にする。彼はいつもと変わらない凛々しい表情をしているのに、その顔は少し寂しそうに見えた。
「ええ、きっと。」
メアリーは後ろ髪を引かれながら、もと来た道を進んでいった。
◇
「良かった。どこにも怪我はありませんか。」
キリアンは心配そうに2人を見つめる。
「ごめんなさい、キリアン。ちょっと珍しい植物があったから、夢中になっちゃって。」
エイダも加勢するように、カゴの布をめくり、本でしおりを作れそうな色とりどりの草花を見せる。キリアンがメアリーたちを探していた間、花摘みに夢中になっていたという設定だ。
「確かに、メアリー様の故郷とここでは見られる植物の種類は違うかもしれませんね。」
初めて会った時から気遣いを見せる彼ならば、メアリーがお花摘んでいるかもしれないと思いついたのかもしれない。だから、安否を確認した後は、2人のいる場所まで覗きに来なかったのだろう。今回は助かった。
「ここは城の敷地内なので安全だと油断してましたが、このまま見つからなければ、僕は皇帝に殺されるところでした。」
「ああ、ごめんなさい。」
「冗談です。ああ見えて、心根は優しい方なので。裏切者には容赦ありませんが。」
キリアンは笑った顔から、一気に真顔になる。
うーん、やっぱりエルドレンの提案を受け入れて、ここを立ち去っていたら故郷がどうにかされていたかもしれない。メアリーは悟られないように、彼に話題を振る。
「そういえば、大陸ではルイ様の甥っ子たちは殺されたとか、流刑になったと言われていますが、事実がどうあれ、そんな噂が流れるなんて、すでにあの湖の近くには彼らの墓があるのではないですか。」
メアリーは眼前に見えてきた湖を指さす。
「ご明察の通りです。前皇帝派の一派が設置しました。」
キリアンは先を走って行って、ある地面のところでしゃがみ込む。
「でも、うちの皇族は船に乗ることも多く、戦だけでなく奪われる命もありますから、生前に墓を作ってこくこと自体はこちらでは不思議ではありませんよ。」
メアリーが彼に近づき、その足元を見ると、石板にエーデル・スッツデール、シュレイン・スッツデールと名前が彫られていた。それは皇帝の甥っ子たちの名前だ。
「そうなのですね。」
メアリーがその表面をなぞると、かすかな土埃が指に残る。
「何か気になることでも?」
キリアンはメアリーがキョロキョロと辺りを見まわし、歩き回るのを首をかしげて眺めている。
「キリアン、失礼を承知でお願いするけど。」
「はい。」
キリアンは飄々とメアリーの言葉を待つ。
「エーデル様とシュレイン様の石板、めくりあげて頂戴。」




