65 茂みの中で①
アンドルーの悪夢の内容を聞いて、塔で出会ったもう一人のメアリーに確かめたいことがあった。だが、あれから塔に行っても彼女に会うことはできず、まだ足を踏み入れていない小さな森までダメ元で行ってみることにしたのだ。
そして、アンドルーの部下であるキリアンが護衛も兼ねて、案内してくれることになった。森の小道をキリアン、メアリー、エイダの順番で進んでいく。舗装されてはいないが、何度も人が通ったのだろう、人が1人ぎりぎり通れるくらいの一本道は下草が薄くなっている。
「キリアン、このあたりって人が良く通るのかしら。」
メアリーはキリアンに背後から声をかける。
「使用人も、皇族もほとんど通りませんよ。ただ、ブシュロンや侍従たちの一部、つまり前皇帝に仕えていた者はその墓参りのために時々使います。残念ながら、彼らは全く整備はしてくれていないみたいですが。」
彼は道が歩きやすいようにと、木の枝から垂れるつたを鎌で払い続ける。
「なるほど。」
キリアンによれば、森を抜けた湖の近くには歴代皇族の墓もあるらしい。春にも関わらず、少し先を歩く彼は背中に汗ジミを作る。メアリーが顔を背けると、茂みの中から、森の木々から差し込む光を受けて反射する何かが見えた。
「まさかね。」
メアリーは思わず茂みの中に足を踏み入れる。
「メアリー様、どうかされましたか。」
「今、あそこに光るものがあったの。失くした花簪かもしれないわ。」
「にわかには信じられませんが。」
エイダはそう言いつつも、メアリーの後ろをそっと着いてくる。低木の葉が足元をくすぐり、こそばゆい。少し開けた場所に出てから、足元を払った。顔を上げると、木の根元が光っている。メアリーは駆け寄って、それを手に取り、簪を天に翳す。一部が砕けてしまっているが、エルドレンからもらった花簪に違いない。
ああ、よかった。メアリーが胸を撫でおろしていると、何かに引っ張られたように体ごと茂みに引き込まれた。
「うわっ。」
口元に大きな手が添えられ、背中から大きな体に抱きしめられる。また誘拐されるなんてたまったものではない。メアリーは無駄な抵抗かもしれないと思いつつ、手足を大きくバタバタと動かす。
「落ち着いて、メアリー。私だよ。」
この声は、
「もしかして、エル様?」
振り返ると、そこには会いたい彼の姿があった。その美しい金糸のような髪も、澄んだ青い瞳も懐かしい。聞きたいこと、話したい事、色々な思いが溢れ出て、口を開こうとするメアリーの口元にエルドレンは人差し指を当てる。
「静かに。」
色っぽい彼の動きにメアリーはこくこくと頷くことしかできない。
「この結婚はきっと君の本意ではないだろう?助けに来たんだ。一緒にシェレンディアまで逃げよう。」
いつの間にか横に控えてきたエイダも、エルドレンの言葉を聞いて頷く。メアリーにとっても、それは喉から手が出そうなほど魅力的な提案だ。少し前までなら間髪入れずに、その手を取ったかもしれない。だが、
「エル様、そうしたいのはやまやまなのですが……。」
今メアリーがここを立ち去れば、アンドルー皇帝との結婚は続いたままになる。それに、自分の身が救われても、家族の命がどうなるか、その件は解決しない。メアリーが説明すると、エルは顎に手を当てて相槌を打つ。
「そうか。やはり脅されてここに。」
「ええ。」
「だが、メアリーの家族くらいならうちへ逃がすことは容易だ。心配いらないよ。」
それはそうかもしれない。だが、この場から逃げたところできっと運命は追いかけてくる。それなら、今回の件こそ、私なりに解決してみたい。それに、もう一人のメアリーについても気になることを残したまま、ここを去ることはできない。メアリーはかいつまんでその思いを一気に語ると、口を引き結ぶ。
「そうか。」
エルドレンは神妙な面持ちのまま、溜息を吐き、髪を掻きむしる。セットされた髪が崩れ、人形のような美しさから、艶っぽい美しさが垣間見える。
「ごめんなさい。折角助けに来てもらったのに。」
ここまで駆けつけてくれたエルドレンの苦労を無駄にさせてしまった。メアリーは彼の溜息の原因が自分の返答にあると思い、その睫毛は頬に影を落とす。
「ああ、済まない。溜息はメアリーのせいではないよ。ただ、覚悟を決める必要があっただけなんだ。」
メアリーは意味がわからず、首をかしげる。それを見たエルドレンは口角を上げて微笑む。
「わからなくていいんだ。メアリーはメアリーの方法で、私は私の方法でこの逆境を解決してみせよう。」
エルドレンは、目を細めてメアリーの頭を優しく撫でる。
「あのね、エル様。私、解決の糸口を得たかもしれないの。」
「ほう。」
エルドレンの手の動きが止まる。
「スヴェンナ様は知っているでしょう。」
「スヴェンナ様……、フィストラル前王妃、芸術の都であらゆる舞台を席巻したと言われる舞姫か。」
「そう。探してほしいの。」
メアリーは上目づかいで胸の前に手を組み、キラキラとした眼を彼に向ける。エルドレンは胸のあたりを手で押さえ、顔を逸らす。メアリーが覗き込もうとすると、
「……望みが薄いが。当てはないわけではない。」
「本当?それと、あと1人、ここに連れてきて欲しい人がいるの。」
メアリーはエルドレンの耳元で囁く。彼は眉をぴくりと動かしたあと、メアリーが望むならとその申し出をしぶしぶ了承してくれた。




