61 塔の中で
「ごめんねエイダ、重いでしょう。」
誰が内通者かわからないため、ブシュロンをメアリーの部屋に置いていくこともできず、拘束された彼はメアリーが持参したトランクケースに無理やり突っ込まれて、一緒に運ばれていた。
「いいえ、こちらこそ夜分に連れまわして申し訳ありません。誰が味方かわからない中であれば、私が護衛するしかありませんので、お許しください。」
「そんなこと気にしないで。」
こつこつと階段を上る音が反響する。
「それに一瞬だけとは言え、メアリー様とあんな奴と2人っきりにしてしまうなんて、侍女失格です。」
「私の発案だから問題ないわ。ただ、作戦とは言え、あんなに固いマットレスに横たわるのはつらかったけど。」
少し安心した様子でメアリーは笑みを見せる。
「それより、何故塔を登っているの?本当に花簪を探すつもり?」
メアリーの質問にエイダは首を振る。
「いえ、花簪の件はメアリー様のご指摘通り、ブシュロンの罠でしょう。王女が持つ高価な簪なら宝石が付いていると考えるのが当然です。それを彼は『ガラスの花』と言っていましたから。あれはシェレンディアの職人たちの努力の結晶で、大変珍しいものですもんね。」
うんうんと頷くメアリーに、エイダは目を細めて会話を続ける。
「日中、侍女仲間たちに聞いた噂では、塔はほとんど人が近づかず、牢もあるそうです。噂が本当なら、コレを置いていこうかと。」
エイダは成人男性が入ったトランクケースを軽々と持ち上げる。
「それにしても、なかなかたどり着きませんね。」
「そうね。」
メアリーは塔の窓から顔を覗き込む。遠くには小さな森が、真下を見れば芝生が見える。麓にある小屋の大きさを見ると、足がすくみそうだ。その時、何か金属のようなものが反射したように見えた。
「何か光った?」
「ええ!メアリー様、やめてください。私、幽霊とかそういう話は苦手なんです。」
成人男性を仕留めておいて、エイダは以外にも乙女なことを言う。
「違うの、下の小屋のあたりで。」
「あの物置小屋……?」
その瞬間、エイダは何かに気が付いたようで、近くにあったドアを蹴り飛ばし、メアリーを押し込む。それと同時に、塔の下がにわかに騒がしくなる。
「ブシュロンの仲間に気づかれたか。」
エイダは階段の手すりから身を乗り出し、唇を噛みしめる。塔の入り口にある扉が開く音がしたところで、彼女は木の扉を元あったように戻そうと必死に手を動かす。
「では、メアリー様、私が囮になりますので下の彼らを引き付けたところで、駆け下りて行ってください。」
エイダは扉を誤魔化し終えると、別れを告げる。足音から、塔の上部へ登っていったようだ。
「エイダ……。」
一人になった部屋でメアリーは心細くなる。ブシュロンの反応を見るに、皇帝にはメアリーを害する意図はなく、今回はむしろ皇帝と対立する勢力が襲ってきたのだろう。そう考えれば、ひとまずアンドルーの元にいれば安全だ。だが、彼は今、大陸に向かう船の中のはずだ。
仕方ない。今打てる手立ては何かないだろうか。丸窓から差す光の元、メアリーは荷物を探る。砕けたアクスタもどきの残骸は部屋に全て撒いてきてしまったから、エルドレンが別れる前に送ってくれた翡翠のネックレスと、謎の筒しかない。
この筒、お守りとは聞いていたけど、どう見ても何かに使う道具に見える。
「まさか、ダイナマイトとか?」
導火線はないものの、薄茶の古紙に包まれたそれはそう見えなくもない。
「どこかに線が隠れているのかな?」
メアリーがいろいろな箇所を引っ張ってみると、キュポンという小気味良い音とともに蓋が開く。音も形状もまるで卒業式でもらう黒い筒みたいだ。だが、中にも導火線はなく、これをどう使えば良いのだろうか。
そうこうしているうちに、大勢の足音と甲冑がすれる金属音が響いてきた。軍も動いているのかもしれないと、メアリーは焦る。叩いたり、擦ったりしていると、いつの間にかシューっと音を立てて筒から煙が出てきた。
「えっ、えっ。」
どうしよう、もうすぐ爆発するわよね。塔の下に投げ込めば足止めできそうだが、古びた塔にそんなことをすれば自分も、塔の上にいるエイダの命も危ない。そう考えたメアリーは、とっさに丸窓の隙間から、その筒を投げ飛ばす。
別に軍と戦う必要はない。森のほうで爆発が起きて、そちらに注目が集まれば、その間に逃げられるはずだ。メアリーは耳を押さえて衝撃に備える。だが、いつまでたっても、衝撃は襲ってこない。
「……音もしない?」
時間が経ったはずなのに何も聞こえなかった。メアリーは木箱を窓の下に置き、それを台にして足を載せる。窓の先にはのろしのような赤い煙がもくもくと上がり、見下ろすと視界は悪いが、芝生に転がるあの筒が辛うじて見えた。
「もしかして、あれって発煙筒?」
メアリーが一人つぶやいていると、後ろから野太い声がする。
「この部屋、赤い煙が出ているぞ。」
しまった。耳から指を離した後、あの筒に気を取られて外の気配を察知できなかった。完全にしくじった。エイダが折角私を隠してくれたのに。
いっそのこと、ここから飛び降りるしかないのだろうか。丸窓はぎりぎりメアリーが通り抜けられそうな気もしたが、かなり高い。命の保証はあるだろうか。
迷いはありつつも、後ろのドアが開いた音がして覚悟を決める。もう、どうしようもない。メアリーが窓の端に手をかけて、身を乗り出そうとした時だった。
「あら、メアリー。私の二の舞は御免よ。」
その声とともに背中から大きな風が吹き抜けて、メアリーの亜麻色の髪を巻き上げる。そして、何かが地面にたたきつけられる音が聞こえる。
こわごわと瞼を開いたメアリーの目の前には、金色の髪の男性が倒れていた。あれ、もしかしてこの姿は、
「ルイ様!?」
思いもよらぬ人物の登場にメアリーは驚きつつも、倒れたアンドルー皇帝に駆け寄る。彼は深緑の瞳を一度開いたかと思うと、
「ああ、スヴェンナ……。」
と言い残して、再び気を失った。




