59 探し物②
「何をなさっているので?」
低い、しわがれた声が響く。丸眼鏡に白い髭を蓄えた侍従が部屋の真ん中で立ちすくんでいる。確か名前は、ブシュロンと言ったか。扉の向こうではエイダが青い顔で心配そうにこちらを覗き込んでいる。
執務室の後ろにいるメアリーは、迷ってしまったという古典的な嘘では説明がつかないだろう。
「ああ、部屋の机上にあった花簪がなくなってしまって。ルイ様が没収されたのだと思って、受け取りにきたの。」
悪びれもせず、つらつらと語るメアリーに彼は片方の眉を上げる。
「偉大なる皇帝陛下がご不在であることは、メアリー王女殿下もご存じでしょう。なぜ、ここに。」
「いやだわ、ブシュロン。私はルイ様の妻となる女よ。ここに入って何か問題でも?ラウスト国王の執務室には母上である王妃もたびたび訪れていたわ。」
彼はメアリーの桃色の瞳をじっと見つめる。蛇に睨まれたようで、心を見透かされた気分になるも、メアリーは毅然とした態度を崩さない。そのうち、ブシュロンが大きなため息を吐いた。
「王女殿下、ラウスト王国の事情は図りかねますが、帝国では慎んでください。」
「そう。難しいわね。」
メアリーは手に持っていた手紙を背中側から締め上げた布地の間に差し込み、彼の横を通り過ぎようとする。その際に彼の肩に手を置く。
「じゃあ、ルイ様がついたら、花簪を返してって伝えてくれる?」
「お言葉ですが、メアリー王女殿下。偉大なる皇帝陛下は花簪を没収されていません。」
「あら、どこにあるか知っているみたいね。」
ブシュロン確信のある顔にメアリーは揶揄するように、彼の背中を軽く突く。
「きっと塔の幽霊が隠してしまったのです。」
「塔の幽霊?」
聞きなれない言葉に、メアリーはそっくり返す。
「メアリー様のお部屋から見える、あの古びた塔にいるのです。」
「はあ。」
絵本のような話を真面目に語る彼に、メアリーはひとまず頷くしかない。
「大事なものなのでしょう。早くいかないと、幽霊が美しいガラスの花を粉々にしてしまいますよ。」
「そう、気に留めておくわ。」
メアリーはエイダを連れて、足早に去っていく。
自分の部屋まで戻ったところで、へなへなとソファに座り込んだ。
「ふふ、ちょっと疲れちゃった。」
「そうですね。まるで土産話で聞いたカヴァリアでの悪役令嬢みたいでしたよ。」
「そう?」
2人はふふふと声を上げて笑い合う。
「そもそも、王妃が執務室に入ったことなんてないもの。」
メアリーはエイダが用意してくれた紅茶を軽く啜る。
「それにしてもエイダも偉いわ、私が嘘をついても表情が変わらなかったもの。」
「いえ、私はメアリー様が心配で心配で。それ以上の表情が出てこなかったと言いますか。」
エイダは頭に手を当てて、年相応に照れた顔をする。
「ごめんね、心配かけて。」
「とりあえずメアリー様が咎められなくてよかったです。あの侍従から皇帝に密告されて、命の危険があるかとひやひやしました。」
メアリーが手にしていたカップがソーサに当たり、カタンと音を立てる。
「どうかしましたか。」
「エイダ、悪いニュースがあるかもしれないの。」
「ああ、塔の件ですよね。私も聞こえていましたよ。半信半疑ですが、一度探してみましょうか。」
エイダはうんうんと頷きながら、窓の外の塔をちらりと見る。そんな彼女にメアリーは手をこまねいて、耳元で囁く。
「その件もそうだけど、もしかしたら私たち、ここにいても危ないかもしれない。」
「どういうことですか。」
目を大きく見開く彼女に、メアリーはさらに言葉を続けた。エイダが全てを聞き終わったときには、信じられないといった様子だ。だが、メアリーには確信があった。
「ねえ、エイダ。私たちの本当の敵は皇帝ではないかもしれないわ。」




