58 探し物①
春の盛りを迎え、花々が咲き誇る庭園は素晴らしい。だが、毎日繰り返し散歩してみれば、ガーデナー以外は代り映えの少ない景色に飽き飽きとしてくるだろう。メアリーも例に漏れず、流石に今日は散策をやめ、図書室を歩き回っていた。
管理が行き届いていないのか、ところどころかび臭い匂いがするものの、蔵書数はラウスト王宮に引けを取らない。読んだり、聞いたりすることに置いてはチートで理解できてしまうから、ここにあるいろんな古書も読み放題だ。創作のネタに何か役立ちそうな本があるだろうか。そう思ったところで、メアリーはピタリと足を止める。
「そうか、もう本も出せないのか。」
アンドルーに確認を取れば、続きを書いて出版することも可能かもしれない。けれども、推し活としてエルドレンを主人公とした本を出したり、彼の思い出の地を活性化させようと活動してきたことに、もう意味はない。最初は聖女サラに巻き込まれる形で始めたけれど、
「意外と楽しい日々だったな。」
メアリーがぽつりとつぶやくと、見慣れた後ろ姿が本棚の隙間から現れる。メアリーはきょろきょろとあたりを見回す彼女に手を振る。
「エイダ。どうだった。」
侍女のエイダは少し気まずそうな顔をして首を振る。
「すみません。私が気を付けていれば。」
「エイダのせいではないわ。ただ、この城に来てからも確かに見たし、荷ほどきの後、机の中に入れておいたはずなのに。」
メアリーはめそめそとするも、途中で何かをひらめいたように手を叩く。
「そうだ。あれは高価な品だから、アンドルー様が私物を没収したのかもしれないわ。聞いてみないと。」
「でも、皇帝は当分戻ってこないのでは?」
「うーん、じゃあエイダちょっとお願いがあるの。」
メアリーの満面の笑みにエイダは嫌な予感がしたが、探し物を見つけられなかった手前、そのお願いに首を振ることはできなかった。
◇
「メアリー様、本当になさるのですか。」
「仕方ないじゃない。それに1週間ほど滞在して気づいたのだけど、この城、大きさの割に人が少なすぎると思わない?」
「それはそうですが。」
メアリーとエイダは少し前から皇帝の執務室前、曲がり廊下の手前に隠れながらこそこそと会話する。各国の考え方の違いや時期によっても配置する人員は異なるものの、明らかに少ないことが見て取れた。
「たぶんバレないわよ。それに最近刺激がなくて面白くなかったのよね。」
メアリーは建前をすらすらと述べる。そうこうしているうちに、掃除用具を抱えた使用人たちが部屋を出て、廊下の奥を進んでいく。この城では朝から昼過ぎにかけて定期的な掃除が行われており、あの執務室も例外ではないようだ。それなら当分はあそこに誰も近づかないはず。
「メアリー様、皇帝はフィストラル国王も処刑なさった方ですよ。」
「それはそうだけど。」
メアリーはここ1週間の彼とのやり取りを思い出しながら、彼の怖さという点に同意できずにいた。それに、ここがゲームの世界なら、自分が処刑されてもどこかのタイミングでリセットされるだけではないだろうか。メアリーは自分の運命については戦々恐々と過ごしていたが、自分の命の扱いについてはどこか軽薄なところがあった。
使用人たちの姿が完全に消えたところで、2人は足音を立てないようにひっそりと部屋の前までやってきた。
「まあ、王女たるもの度胸はあるわよ。」
メアリーは胸に拳を当て、エイダを扉の前に残し、そっと執務室に足を踏み入れる。
扉の先には贅を尽くすかのような大きなガラス窓があり、そこからは眩しいほどの光が入り込む。右手には応接セット、暖炉、左手には大量の本棚が並ぶ。
アンドルーに対する評判は武を誇るものであり、彼が本を読むイメージはないので意外だ。建国の歴史に比べて図書室が充実していたのは、彼の趣味なのかもしれない。メアリーは一人納得しつつ、部屋の奥まで足を進める。
古かったり、装飾が凝った本が並ぶ中、素朴な本が目につく。それは、メアリーが何度も手にしたものだった。
「これ、私が書いた本じゃない。」
そこにはメアリー著作の小説のみならず、各国で公演された舞台脚本まである。グッズ以外にも、研究費の足しにしようと、公演ごとに売りさばいていたのだ。メアリーはその中でフィストラル語の本を手に取る。
「スッツデール帝国では公演をしていないはずなのに。」
この帝国貴族はフィストラル王国の言葉を理解できることが多いから、その関連で集めたのだろうか。メアリーが本を開くと、その中から1枚の紙がひらひらと落ちる。
「『舞姫スヴェンナから親愛なるルイへ』ってラブレターかしら?」
メアリーは封筒から慎重に便箋を取り出す。時間を経て黄変した紙は最初から粗悪なものだったのだろう。気を付けたものの、便箋からは繊維の粉のようなものがこぼれる。
「まあ、花簪を探すのも大事なのだけど。」
メアリーは言い訳をしつつ、紙を開いた。人の恋路に胸を躍らせているだけではない。彼が何故、自分のことを『ルイ』と呼ばせるのか、私を慈愛の目で見つめるときがあるのか。この手紙がヒントになる気がしていた。
文章を読み進めていくと、貴族らしからぬ表現や言葉の選び方が目に付く。それ以上に、行を進めても、恋文というには何か欠けているような気がした。
「こんな内容なら、わざわざ本の中に隠さなくったっていいのに。」
メアリーは人の手紙を読んでおきながら、勝手なことを言う。手元にはスヴェンナからの手紙しかなく、全てを推し量ることはできないが、スヴェンナが舞台で踊りを極めていて、ルイはそれを支援するパトロンという関係性はわかった。だが、彼女の書きぶりから、お互いに憎からず思っているようには読み取れる。
「どこか昔から知っていたような気安さはあるけど、何かに気を使っている?」
頭を悩ませるも何も思いつかない。時間も惜しいので、とりあえず行動しようと、執務室の引き出しを開く。1段目は何の変哲もない、印章が並ぶ。
2段目には、手のひらよりも少し大きいキャンバスが入っている。表に返すと、亜麻色の髪に薄紫の瞳の少女とそばに立つ幼きアンドルーとおぼしき絵が描かれていた。右下にはルイ、スヴェンナとある。
ああ、スヴェンナか。この方を私は知っている。
その時、入り口から扉が軋む音がする。メアリーが音に反応してエイダに声をかけようと面を上げたが、そこにいたのは彼女ではなかった。
「何をなさっているので?」




