6 小麦畑にて
「はぁ、はぁ…もう疲れたわ。きゃっ!」
「あら、メアリー様って前も都会っ子だったの?体力もないし。」
サラは、飛び出てきたカエルに尻もちをついたメアリーを軽々と引き上げたあと、作業着についた土汚れを手で払った。体力がないのは単にサラよりも幼いからではと思いつつ、疲れたメアリーは口答えはせずに黙々と足を進める。初夏を思わせる青々しい風は、亜麻色の髪を揺らめかせた。
黄金色に色づいた小麦畑のあぜ道を進むオーバーオールと長靴を履いた少女たちを見て、誰も聖女と王女であるとは気が付かないだろう。
なぜ、こんなことになっているかと言えば、先日のお茶会でサラから小説を提供して、本にさせてほしいと依頼されたのだが、頑なに断ったのが原因である。ただの王女の書き散らした小説が、王国ひいては本人の一大事に役に立つとは思えず、それを世に出す気恥ずかしさが勝ってしまったのだ。
いくら前世で同人誌も作っていたとはいえ、気心の知れた仲間や知り合いたちとの狭い世界であり、実名で活動していた訳ではない。聖女の提案を飲めば、『王女が書いた小説』と流布されるなんて、公開処刑まっしぐらだ。
そんな理由でメアリーがごねていると、サラは何を思ったのか、収穫量が大きく落ちたサスティーナ地方の第2回目の調査に同行するよう、いつの間にか手はずを整えていた。
兄上からも『メアリーも王国内の事情を知るいい機会かもしれない』と陛下に進言があったようで、あっさり許可が下りている。やっぱり、サラは兄上の攻略ルートを進んでいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然サラが大声を上げた。
「あっ、ベンさんこんにちは~」
「あら、サラちゃんじゃないか。隣はお友達かい。」
あぜ道を抜けた先に、荷馬車を引いた一人の男性がおり、タオルで汗をぬぐいながらこちらを見やる。少女たちは足を速めつつ、彼に近づく。
「初めまして、メアリーです。」
「初めまして、ベンだよ。」
メアリーが手を差し出すと、ベンは作業着の裾で手を拭ってから握り返した。
「ベンさんはここら一帯の畑を管理しているのよ。」
サラが付け加える。
「まだ途中だけど、今年の収穫量は上々だよ。最初は半信半疑だったけど、麦と他の穀物の場所を入れ替えてみてよかったよ。これもサラちゃん、いやいや聖女様のお告げのおかげだね。」
「聖女様だなんてやめてよ、ベンさん。」
サラがベンの肩を軽く叩くと、彼は白い歯を見せてにっかりと笑う。この後、サラが村の中心部まで行くのだと告げると、ベンは荷馬車の藁をぎゅっと奥に詰め、二人が後ろに乗れるように片付けてくれた。メアリーとサラは刈り取られた藁にもたれながら、馬車の揺れに身を預ける。
前回の調査時に、サラは彼らに輪作を指導し、麦の連作障害を防ぐように図ったらしい。当初は、聖女のお告げに疑いをもつ者もいたが、今年の成果を見てその考えは一気に変わったとベンさんは語る。
聖女を信じ切れなかった農民たちの収穫量は去年と同様少なかったそうだが、この様子なら来年の収穫からは軌道に乗りそうだ。
「これなら、飢饉は回避できそうね。」
メアリーはサラの耳に手を当てて、小声でささやいた。
「でも、その前までは輪作をしなくても普通に育っていたらしいから、何か環境が変わってしまったのかもしれないのよね。何か強制力が働いているとしたら…。」
サラはその深緑の瞳に小麦畑を映しつつ、顎に手を当てて考え込む。
「ゲームでは飢饉が起こってからどう対処するかがポイントだったから、事前に防ぐ手立ては前世の知識しか使えないしね。」
そういうサラは前世では農家の娘だったらしい。主人公って前世でちゃんと役に立つ知識を身に着けた人がちゃんと選ばれているのかも。だって、メアリーが主人公だったら、指をくわえて飢饉が起こるのを待つしかない。
メアリーが感心していると、荷馬車は簡素なアーチ状の門をくぐり、広場と思しき所に到着した。
「あ!サラちゃんだ。」
「見てくれよ!今年はたくさん豆が取れたんだ。」
「寄ってきな!うちの自家製ウインナー食べてくかい。」
村の人々はサラの姿を見かけると、作業をしていた手を止めそばに駆け寄り、子供たちも民家の窓から手を振っている。
昼も近かったせいか、皆が様々な家庭料理を持ち寄って、あっという間に青空の宴会会場が出来上がる。メアリーも聖女の友達としてもてなされていたが、なんだか関係ないチームの祝賀会に、間違って迷い込んでしまったような気持ちになる。
村の農民たちに引っ張られて遠くへ離れてしまったサラを見ると、彼らに混ざって、楽しそうにしていた。彼女が元平民であるということを加味しても、伯爵令嬢、聖女様といった垣根を感じさせない、サラの人となりがなせる業だろう。
先ほどは、彼女の持つ知識を羨ましいと思っていたが、同じ知識があってもここまで短期間で皆を助けられただろうか。
メアリーが焚火越しに、村の若人たちと混ざって踊るサラの姿を遠目でぼんやり見ていると、ふいに服の裾を引っ張られた。
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼ?」
5、6歳くらいであろうか、弟と同じくらいの歳の子供たちが、緊張した面持ちで声を掛けてきた。くりくりとしたかわいいおめめが並んでいる。
「いいよ、何する?」
ちょうど手持ち無沙汰になっていたので快く引き受けると、メアリーよりも少しだけ小さな手に引かれていった。
◇ ◇ ◇
「えーっ、続きのお話ききたい!」
家並みはオレンジ色に染まり、日中は羽を休めていた鳥たちがバサバサと飛んでいく。
「ごめんね。お姉さんたち、もうそろそろ帰らなきゃ。」
メアリーは少しかすれた声で、子供たちをなだめた。有名な伝承や絵本のお話だけでは飽き足らず、銀の髪と青い瞳を持った青年が剣1本だけで旅にでる物語を語っていたのだ。はじめは女の子たちを中心にお話を披露していたが、いつの間にか木の棒で遊んでいた男の子たちもメアリーのお話に吸い込まれていったのだ。
「あら、本が読めたら続きがわかるわよ。」
その声に振り向くと、サラが後ろに立っていた。
「じゃあ、私、文字勉強するー。」
「僕もー。」
子どもたちはキラキラとした瞳をこちらに向ける。
「えっ、サラ、これは私が考えた物語だから、本なんて……。」
メアリーは途中から何かに気づいたようで額に手を当てる。
「やってくれたわね、サラ。」
「いいじゃない。子供たちのためだと思えば。」
こうして、メアリーの意志もむなしく、メアリー・フォン・ラウスト王女の小説が発売されることになった。少年少女に向けた娯楽が少なかったことも影響してか、メアリーの予想に反して、その本は海外でも有名になっていくのであった。




