5 聖女現る
王家の中庭にある東屋の下で、用意されたティーセットを挟んで二人の少女が向き合っていた。まだ薔薇の盛りには少し早いが、その甘い香りがこちらまで漂ってくる。
「やっぱりあなたも転生者なのね!」
彼女、-サラ・デュメル-はその大きな瞳を見開いた。ここ最近、令嬢の間で流行っている『ぬい』が、日本のアニメやゲームのキャラクターやアイドルの姿を模したかわいらしいぬいぐるみのようであり、この世界のぬいぐるみとは一線を画すことから、自分以外にも転生者がいると踏んでいたらしい。
「どちらかといえば、私はメアリー王女として成長してきて、前世の記憶を思い出したという表現が近いのだけど。」
「似たようなものよ。」
サラはそのかわいらしい口元を少し上げる。時折、王女に対するものとして褒められた言葉遣いがみられるが、彼女の所作を見れば伯爵家でいかに躾られたかがよくわかる。メアリーはすでに人払いも済ませてあるし、転生者同士、ここでは咎める必要もないだろうと判断した。
「それで、どうして私に会おうと思ったのかしら、『聖女』様。」
王太子に恩を売って、紹介を取り付けてもらう必要のある王女とのお茶会など、ただ王女が転生者であると確認するだけではその労力に合わない。
「あら、その呼び名もご存じなの。」
サラは言葉とは裏腹に全く驚いた表情ではない。
「兄上から聞いたわ。平民だった時にはデュメル伯爵領で起こった洪水から街の人々を救ったり、しばらく前に兄上と調査に出かけられた際も天啓を得たかのように知識を披露していたと。」
「不思議な力なんてそんな都合のいいもの使えないわよ。ただ、前世の知識やこのゲームの知識、過ぎた科学が魔法のように見えるってだけで。まあ、伯爵に保護されて養子になったのは主人公補正かもしれないけど。」
サラは椅子の手すりに肩肘をついて、もう一方の手でクッキーをつまむ。
「ということは、サラはこのゲームをプレイしたことがあるのね。」
メアリーはシナリオ攻略のヒントになるのではと目を輝かせた。シェレンディア以外に嫁ぐなんて御免だもの、できるものなら何とかしたい。
「確かに、攻略キャラクターを1回ずつ攻略したけど、このゲームは分岐が多すぎるのよ。正直、私の知識だけではシナリオのコントロールはできないわ。」
その言葉を聞いてメアリーはつかんでいたサンドイッチをポロリと落とした。
「そうよね。だってあなたは王国が凋落したら、他国に嫁がなきゃいけないものね。」
サラはその姿を見て同情するように言葉を紡いだ。ふいに訪れた静寂に、彼女の艶やかな淡い水色の髪が風でたなびく。メアリーはカップをテーブルに置き、そっと口を開いた。
「でも、私、この春にシェレンディアの皇太子、エルドレン様と婚約を結んだのよ。」
「シェレンディア?婚約をもうすでに結んでいるの?」
サラはメアリーの婚約を知らなかったようで、お菓子を持つ手が固まっている。
「そうなの。私はあらすじしか知らないけど、やっぱりおかしいわよね。」
メアリーはハチミツのたっぷり入った紅茶の香りを嗅いで自分を落ち着かせる。揺れる木の葉の音ともに、涼しい風が吹き抜けた。サラはだらりとした居ずまいを正し、メアリーに向き合う。
「私ね、せっかく知識があるのだからこの国を救ってやろうと思うの。だからきっと、メアリーのことも救って見せるわ。」
サラは歯を見せて笑う。その令嬢らしくない仕草は、今だけは心を救ってくれそうだ。
「まあ、でも、周りの国の言語は念のため学んでおいてね。嫁ぐときにきっと役に立つわよ。」
メアリーはサラの言葉を聞いて、群がる蟻にだいぶ食べられた足元のサンドイッチと自分の行く末を重ねていた。
「冗談よ、メアリー様。ごめんなさい。」
サラは少し瞼を伏せ、その長いまつ毛に影を落とした。さすが主人公、ふとした瞬間の姿が様になる。
「シナリオのコントロールはできないけど、私でも知っているイベントを解決するくらいはできるのよ。大きなイベントだと、シェレンディア帝国とカヴァリア連邦との小競り合いを止めたわ。」
「ええと、確か和解のための調印式はラウスト国内で行われたものよね?」
当時のメアリーはまだ幼かったためか、あまり記憶がない。家庭教師から聞いたことがあるが、国境付近の農村で起きた小競り合いを抑えようとして、カヴァリア連邦側の国境警備団が過剰に攻撃したことが原因だったとか。知った時には、なぜ関係ないラウスト国内で調印式が行われたのかと不思議に思ったが、ラウスト王国に縁のある彼女が止めたからか。
「そう、それよ。このゲーム、国内の内政と外交を上手に回すか、諸外国の平和を維持できれば良さそうなのよね、1回上手くプレイできた時には、王女様も救えているし。」
「な、なるほど。」
メアリーは、自分が救われるための壮大な計画に圧倒されていた。
「でもね、私たちは何もゲームのイベントが起こるのを待ってなくてもいいのよ。」
「?」
固まっているメアリーをよそに、サラはさらに続ける。
「それで、王女様にお願いがあって、お茶会を取り次いでもらったのよ。あなた、小説を書いているでしょ?」
「……どこでそれを聞いたの。」
メアリーはカップを両手で抱えたまま、サラに視線をやる。
「あら、本当に書いているのね。あんなにうまくぬいが作れるから、創作が好きな同類かなと思って。まあ、私は消費する側だから、ちっとも何も作れないけど。」
「サラ、あなた鎌をかけたわね。」
メアリーは苦々しい表情を浮かべたが、サラはあっけらかんとしている。
「いいじゃない。それで内容は何を?」
サラはメアリーの桃色の瞳を捉えて離さない。メアリーはしばし考え込んだが、彼女は話さずには帰ってくれないだろうと、あきらめて口を開いた。
「まあ、エルドレン様との恋愛小説をちょっと…。」
「夢女子タイプか~。」
「なによ、別に自分が主人公ってわけじゃないわ。悪いの。」
メアリーは下唇を少し噛んで、顔をそむける。
「そうじゃなくて、それ、いい案があるの。王女様を救うのにも役立つはずよ。」
「どういうことよ。」
メアリーは疑うような顔でサラを見ると、
「私に協力してくれない?」
彼女は秘密のいたずらを計画した子どものように笑った。




