4 推しのぬい
「メアリー王女殿下、この度は婚約のお祝いの席にお招きいただきありがとうございます。ツェツェリア公爵が娘、リリーでございます。」
「リリー冗談はやめてよ。」
メアリーははにかみながら、リリーに紅茶を勧める。彼女は1つ年上のメアリーのいとこである。時々、遊び相手として王宮に来てくれるのだ。
「それにしても、びっくりしたわ。メアリーが急に婚約するなんて。」
「私もよ。兄上が勝手に決めてきたものだから。」
「シリル殿下が?」
リリーはこちらに振り向いたままで、ミルクを注ぎつづけていることを忘れているようだ。
「リリー、ミルク。」
「あら、いけない。でもきっと、殿下のことだからなにかお考えがあるに決まっているわ。」
リリーのふふんという声が聞こえてきそうだ。
「このシリル信者め。」
メアリーは非難するような目でリリーを見た。幼いながらも頭の切れる令嬢ではあったが、ことシリル兄上のことになると妄信的になる。
「でも、分からないのはシェレンディアの方よね。婚約してすぐに連れ帰るならともかく、3年後に婚姻しようだなんて、あの国の噂を知っていれば理由をつけて婚約をなかったことにされるかも、なんて思わないのかしら。」
「…連れ帰ってくれてもよかったのだけど。」
メアリーは手元に目線を落としながら答えた。
「あらあらあら。」
リリーは嬉しそうでいて、なおかつ、口元はにまにまとしている。
「シェレンディアの皇太子は冷たいお人と聞きますけど、かっこよかったのかしら。」
「優しかったわよ?」
メアリーは小首をかしげた。それを見たリリーは、レースの袖口をすこし捲り、まるで先生になったかのように語り始めた。
「10歳のときには西部戦線に自ら志願して乗り込み、敵を薙ぎ払ってその功績を上げたとか。でもそのお人柄は恐れられていて、能力のない者は戦地で捨て置いたり、寄ってきた女性にもとても冷たかったりするとか。」
「この前会ったときはそんな感じはしなかったけど。」
「きっと逃げられないように囲い込もうとしているのよ。」
リリーは自信ありげに結論づける。
「メアリーはこの世界で生きていくには素直すぎるのよ。まあ、そこがかわいくて構い倒したくなるのだけど。」
リリーはわしわしとメアリーの頭をなでるが、髪を結ったエイダに止められる。
メアリーはエイダに髪を直させながら、そういえばと、横の籠からあるものを取り出した。
「実はね、これ私が作ったのよ。」
「む、何かしら。」
リリーはお菓子を食べる手を止めて、こぶし一個分開いていた距離をさらに詰めてきた。
「婚約者の姿を模したぬいぐるみよ。」
メアリーは胸の前でそれをぎゅっと抱きしめた。前世の知識を生かして、この世界にはないデフォルメされた『ぬい』を作ったのだ。自分の作ったものを人に見せるのは気恥ずかしいが、上手く作れた達成感もあり、誰かに自慢したかったのだ。
「かわいらしいけど、これはあのシェレンディアの皇太子なのね。」
リリーはぬいを横から見たり、裏返したりして眺めている。
「これから何年も会えなくなるかもしれないし、せめてこの子と一緒にご飯を食べたり、いろんなところに連れて行ってあげたりしようと思って。」
「やっぱり、メアリーはかわいいわ。私が男なら嫁にしたいのに。」
リリーはメアリーをぎゅっと抱きしめる。メアリーはそのふわふわした体に心地よく抱かれていると、上から声が降ってきた。
「メアリー、それってシリル殿下のぬい?も作れないかしら。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくの月日が流れ、メアリーはシリル殿下の執務室に呼び出されていた。
「メアリー、僕のぬいぐるみを売っているという噂を聞いたけど、これは本当?」
兄上のその赤い瞳は獲物を狙っているかのように感じられた。メアリーは兄上の対面に座り、紅茶を持つ自分の指先と、彼の顔を交互に見る。冬もとうに過ぎたはずなのに、メアリーは手が震えているような気がした。
「リリー公爵令嬢が欲しがったので、プレゼントしましたら、お仲間のご令嬢方に人気になってしまって。自分の手に負えず、職人に作らせて売っておりましたの。」
ふかふかと沈み込むソファは、メアリーの心と同じだ。
「そうか。」
シリルは身動き一つせず、感情が読めない。ただ、咎めようという意図は感じられず、どこか安心したような声色をしていた。
「実は今年から通っている学院の同級生に、不思議な力が使えることから、今はデュメル伯爵の養子になった元平民の子がいてね。その彼女に人の形を模したぬいぐるみを作った子に会いたいと言われたんだ。」
「はあ。」
「探したらこんな近くにいたとはね。」
聞き流しそうになったが、不思議な力が使える平民って、もしかして、もしかしなくてもゲーム『ポリティカル・ラヴァネス』の主人公なのでは。しかも、兄上が格下の伯爵令嬢の頼みを聞くなんて、彼女はシリル殿下攻略を順調に進めているのか。まあ、分かったところでシナリオはわからないし、何もできないけど。
「もちろん、ただの伯爵家からのお願いなら断るさ。その不思議な力で仕事を手伝ってもらった恩があってね、お願いできないかな。」
まるで見透かしたように兄上が答える。じゃあ、殿下ルートでもないのかと考えているうちに、メアリーは空返事をしていたのか、あれよあれよと彼女とのお茶会を取り付けられてしまっていた。




