50 小さな嫉妬
エルドレンとともに王宮に到着したメアリーは、通された部屋でほっと一息を吐く。
本日はこちらで1泊させてもらい、翌朝には帰国する手はずとなっている。本当はもう少し滞在したいところだが、忙しそうな彼の負担にならないよう、メアリーも国に用事を残してきたふりをする。
紅茶を啜ってぼんやりとしているメアリーとは違い、侍女のエイダは初めての場所でもてきぱきと片付けに勤しんでいる。
「慣れない場所で疲れたでしょ。エイダも休憩してはどう?」
「いえ、すぐに片付きますので。それに、ここはいつもと家具の配置が変わらないので助かりますわ。」
エイダの指摘にメアリーが部屋を見回すと、確かにラウスト王宮にある自分の部屋の配置と全く同じだ。家具や調度品はシェレンディア風の品が並んでいたから、今まで全く違和感がなかった。
「エイダ、ここって客間よね?」
「いや、ここはメアリーの部屋だよ。」
その声がした方向に目を向けると、開きっぱなしのドアからエルドレンが顔を覗かせていた。銀のお盆を手にした彼はこちらに近づいてきたかと思うと、ソファに腰を下ろした。
「だから、荷物があればここに置いていって構わないよ。」
本当にここは客間ではなく、自分の部屋らしい。どおりでエルドレンの部屋がすぐ隣だったのだ、
「ありがとうございます。」
メアリーは婚約中でも自室を与えられるものなのかしらと疑問を浮かべつつ、お礼を述べる。
「家具、気に入らないなら変えておくよ。どんなものが好きか教えてよ。」
「いえ、職人の技術が感じられる良い品ばかりですね。」
エルドレンはメアリーの言葉に満足げに頷く。
「でも、必要なものがあればまたお伝えします。その時は、エル様お願いしますね。」
メアリーが声をかけると、彼は薄く笑みを浮かべつつ、テーブルに皿を並べていた。エルドレンは軽食を持ってきてくれたようで、クレープからは甘い香りが漂う。
「美味しそう。」
早速ベリーのソースをたっぷりかけて、メアリーは一口頬張った。口いっぱいに甘さが広がったあと、かすかな酸味が広がる。この酸味は昔食べた野いちごにどこか似ているような気がした。王宮に生えた野イチゴを勝手に摘んで食べたら、エイダに怒られたっけ。
「そういえば、メアリーは近頃何か悩んでいる?」
空想の彼方へ飛んでいたメアリーはその声に引き戻される。
「わっ!」
いつの間にか目の前にエルドレンの顔が近づいていた。メアリーは喉を詰まらせそうになり、咳き込んでしまう。心配そうにさらに体を乗り出す彼を制し、紅茶を勢いよく流し込む。
「ええと、お話するほどのことでは。」
やっと落ち着いたメアリーは、連邦でのことを思い出していた。連邦での出来事は自分の中で上手く消化したつもりでいたが、どこか気がかりが残っている。
「ハルラムの方が良かった?」
エルドレンは少し不機嫌そうにソファに座り直した。
「あれはラウスト王国を救うため、彼の王妃候補が育つまでの嘘ですよ!」
思わぬ彼の一言に、メアリーは驚きで淑女らしからぬ声を上げる。国外にはハルラムと結婚したとの嘘が漏れないと聞いていたのに、どこからエルドレンに伝わったのだろうか。
「ふうん、それならよかったよ。彼、メアリーには優しいから。」
「そうなんですか?」
ハルラムの兄上やサラへの対応を見るに、彼に冷たい印象はない。そう話そうとするメアリーをエルドレンが遮る。
「それなら、彼のことは忘れて。」
彼は穏やかな水面に夜露が落ちるかのように、静かに、穏やかに言葉を紡ぐ。それでいて逃げられないような澄んだ青の瞳がメアリーを捉える。
二の句が継げないメアリーに、
「ごめんね、萎縮させちゃったかな。」
とエルドレンがこぼす。ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、彼はいつもの表情に戻っていた。
「ハルラム王子との関係性はよくわかりませんが、私が悩んでいたのは単に占いの結果が悪かっただけなんです。」
エルドレンの先ほどの表情の原因はわからないが、これ以上根も葉もないことを疑われるのは好ましくない。そう思ったメアリーはあきらめて白状した。
「その結果って?」
先ほどとは打って変わって、エルドレンは柔和な笑みを浮かべている。
「いやですわ。こういったものは女性同士で楽しんだりするものですから、理知的なエル様からすれば悩むに値しないと一刀両断されてしまいます。」
「ははは、それは否定できないや。」
エルドレンが笑い声をあげていると、いつの間にか従者のユーリがドアの外に現れていた。部屋に戻るように声をかけられたエルドレンは、名残惜しくしつつも、ユーリに背中を押さてメアリーの部屋から去っていった。




