49 タンザナイトの輝き
研究室を出たメアリーとエルドレンは馬車に乗り込んだ。どんよりとした曇り空とは対照的に、街を歩く人々は春の息吹を感じているのか、柔らかい表情を浮かべている。
「そういえば、もう春なのにこちらにいらっしゃるんですね。」
メアリーは窓に向けていた視線をエルドレンに戻す。ラウスト王国の人間からすれば、まだこちらは冬のように感じてしまいますけど、と笑って問いかけた。
「もうすぐ東部に帰ろうかとは思っている。」
「あら、私のせいで予定を遅らせてしまったのかしら。ごめんなさい。」
真冬にシェレンディアまで来るのは大変だろうと、エルドレンから初春に訪れてはどうかとの提案があり、お言葉に甘えてしまった。だが、彼にとっては都合が悪かっただろうか。
「いや、メアリーのせいじゃない。ちょっと首都に滞在した方が都合が良かったものだから。」
「そうなんですか?」
「それに今、東部にはイシュタルがいるし、心配ないよ。」
首都滞在理由について、彼はこれ以上語る気がないようで、機密に関することか、今は話せないことなのだろう。そんな彼は懐中時計を取り出して、
「少し早いけれど、直接宝石店に向かおうか。」
と微笑んだ。
◇
宝石店の扉を開くと、営業前なのか店は薄暗い。
「エル坊と、メアリー様ですか。1年ぶりですかね。」
暗闇の中から、しわがれた老婆の声が聞こえてくる。
「ご要望とあらば宮までお持ちしましたのに。エル坊はともかく、メアリー様にはまだ寒い時期でしょう。」
声の主である店主のマルグリットが暖簾をくぐり、店の奥から出てきた。メアリーは彼女に微笑みを返す。
「いつも王宮まで物を持ってきてもらうばかりだから、こういった買い物も楽しいの。こちらでは私は変装せずに済みますし。」
「なるほどね。それは失礼したね。」
マルグリットは2人を応接椅子に案内する。テーブルには真四角の厚みが薄い箱が置かれており、彼女は2人の対面に座ると、ポケットから白い手袋を取り出し、慣れた様子で両手にはめた。マルグリットがその艶のない黒い布地の箱を開くと、反対側からでも深い青みのある宝石が目に入る。
彼女が取り出したティアラは髪に留められて、メアリーはテーブルに置かれた鏡を覗き込んだ。
「メアリー様、いかがですか。」
中心には大粒のタンザナイトが煌めき、後頭部にかけて薄く紫がかった宝石が連なっている。その一粒ひとつぶには銀の細かな意匠があしらわれ、よくよく見れば、シェレンディア帝国の紋章である馬と剣、月桂樹の葉や帝国を代表する花々や動物があしらわれている。
王女として上質なものばかりに囲まれて生きてきたと思っていたが、ここまでのものは初めてだ。メアリーはシェレンディア帝国が誇る職人技術をまざまざと見せつけられていた。
「ああ、そうね、綺麗だわ。」
目を奪われていたメアリーは気の利いた一言が言えず、通り一遍の回答をしてしまう。
「気に入らないところがあったか。」
エルドレンは気に入らない箇所があると受け取ったようで、早速マルグリットに資料を寄こすように指示を出している。慌ててメアリーはそんな彼らに口を挟む。
「違うの、エル様。あまりに美しくて見とれてしまって。なんと表現すればよいのか忘れてしまったの。」
「まあ、上手なお嬢さんだこと。でも、こちらも見てみて頂戴。」
マルグリットから数冊のスケッチブックのようなものを差し出される。少し埃っぽい香りがするそれは、表の皮が色濃く変化しており、かなり昔に使われたもののようだ。メアリーが紙を痛めぬよう、両手で丁寧にページを開くと、そこにはグリーンをベースとしたティアラが描かれていた。
「オンリケ・シェレンディア?」
メアリーはスケッチの端に書き留められた名前を読み上げる。残りのスケッチブックを開いていたエルドレンがこちらを振り向く。
「ああ、彼女は父上の側妃の1人だよ。」
「側妃の……。」
気にも留めないエルドレンとは対照的に、メアリーはその言葉を噛みしめるように繰り返した。
「こっちの2つもそうだね。これは母上の物だ。」
メアリーは彼から差し出されたスケッチブックを受け取る。そこに描かれたティアラのデザインは美しいものの、皇后が身に着けるにはまとまりのない宝石の色と大きさに、首をかしげてしまう。
「母上の生い立ちを知らないと、このティアラ品がないと思うよね。」
「いえ、そんなことは。」
メアリーはぶんぶんと首を振る。
「ただ、こちらの宝石店で発注されたにしては大きさがバラバラではありませんか?」
「そうなんだよ。この石はここで用意されたものではなくて、母上が戦利品として得た宝石でね。」
「戦利品?」
聞きなれない言葉に困惑するメアリーに、エルドレンは顔を緩ませる。
「母上は、とうの昔に帝国に併合されてしまった戦闘民族の国出身で、王族に連なる姫君だったんだ。だから本人も傭兵として働いていた時代があって、その時に収集したものらしい。」
「そんな皇后様が皇帝陛下に気に入られて、自分が集められてしまったのは、帝国民ならよく知る話ですよ。」
マルグリットが補足する。
「まあ、母上のものはその実情から言っても上品なティアラとは言えないな。」
「皇后様のティアラの制作には時間を要しましたからね。大きさも色もバラバラなんですから、うちの職人ですら大変でしたよ。」
目の前の2人は示し合わせたかのように苦笑した。
「それは置いておいて、メアリー様、デザインはどうだい?」
真面目な顔に戻ったマルグリットが尋ねる。スケッチブックを閉じながら、
「十分美しいので満足です。特に不満も見当たりませんわ。」
とメアリーは答えた。だが、マルグリットは一瞬眉をしかめたかと思うと、手元から何かを取り出している。
「メアリー様ならそう答えるだろうと思ったよ。そのスケッチを模写させたものがあるから国に持って帰りなさい。」
年の劫のせいかマルグリットの方が上手で、書類が入っているであろう筒を渡された。
「ゆっくり考えておくれ。エル坊を通じて指示をくれたら、修正しておくよ。」
ティアラのデザインよりも他に気を取られていたメアリーには、彼女の申し出ではありがたいものであった。




