48 写真の行方
「どういう状況ですか?」
紅茶の缶を手に部屋に入ってきたエイダが驚愕の声を上げる。主人は泣いているし、訪問相手はぐったりと倒れ、いつの間にかエルドレンまで部屋の中にいるんだもん、びっくりするわよね。
あの後、エルドレンは狩人が子ウサギを仕留めたときのように、ジェフリーの両手を片手でつかみ、宙ぶらりんにしたかと思うと、彼の頬を思いっきり叩いた。だが、ジェフリーに反応が全くないと見るや長椅子に投げ置いて、対面のソファに座り込み、顔に手を当てて動かなくなってしまった。
何度かエルドレンに呼びかけるものの、顔も見せず、声を上げてさえくれない。こんなに冷たくされたことがない私はどうしたらいいか途方に暮れて、ぽろぽろと流れ落ちる涙を止められなかった。
「エイダ~。」
ふがいない主人の口から脈絡なく紡がれる言葉をつなぎ合わせ、エイダは事情を察してくれる。さすが、優秀な侍女だ。
「で、積み上げられた本からメアリー様を守ろうとしてジェフリー様は倒れて、この状況に困惑してメアリー様は泣いていると。本当に、お怪我をされて泣いている訳ではないのですね。」
メアリーはこくこくと頷く。
「で、エルドレン様は何をされているんですか?」
主人が泣いている一因だろうと推測したのか、エイダの言葉には棘がある。一国の皇子にも怯まぬ彼女の様子にたじろいだのか、エルドレンはやっと口を開いた。
「予定が空いたから、港までメアリーを迎えに行こうと思ったんだ。そうしたら、すでに君たちは船を降りていて。」
「追い風で少し早く着いたんです。」
エイダが補足する。
「らしいな。で、帝国大学に向かったと聞いたから、ジェフリーの研究室にでも遊びに来ているのだろうと迎えにいったんだ。」
苛立ちを隠すかのように、エルドレンは右手でもう片方の手を強く握りしめる。
「そうしたら、助けを求める声がして、床に倒れ込んだメアリーにジェフリーが覆いかぶさっていたんだ。」
「そこまではわかります。」
エイダは話を聞きながら手際よく紅茶を準備している。
「それで、そいつは意識を失っていたから、張り手をした。」
「なぜです!?」
すっかり涙も収まったメアリーが驚く。
「……戦場では普通だが。」
「あー、なるほど。」
全く納得していないが、メアリーはとりあえず納得したそぶりをする。後ろに控えるエイダは溜息を吐いていた。ラウスト王国の人間からすれば、やっぱり驚くよね。
「絶対嘘でしょうけど。」
メアリーの耳元でエイダはささやき、紅茶を目の前に差し出す。
「え?」
「いいえ、エルドレン様がそう仰るのであればそれが正しいのでしょう。」
「何が言いたい。」
エルドレンとエイダの間に不穏な空気が流れ始めた時、
「んん。」
と長椅子から聞こえた。
「あ、ジェフリー、気が付きましたか?」
これ幸いとメアリーはいつもより声を張り上げて、彼に駆け寄る。
「ああ、王女殿下、よかった。お怪我はなかったですか。」
ジェフリーは自分のことよりもメアリーのことが気になる様子で、心配そうな瞳をこちらに向ける。
「私なら大丈夫。ごめんなさい、かばってもらったせいで。痛いところはない?」
「後頭部が少し痛いくらいで、大したことはありませんよ。でも、なぜか右頬が痛いんですよね。ここにも本が当たったのかな。」
メアリーが振り返ると、女性2人の視線を集めたエルドレンが気まずそうに紅茶を啜っていた。
「あれ、皇太子もいらっしゃったんですか。」
ジェフリーが起き上がろうとするも、エルドレンがそのまま寝ておけと強く言うものだから、ひじ掛けに上半身を預けて横になったままだ。
「そうなの、私を迎えにきてくださったみたいで。」
「なるほど、帝国大学に用事があるとしたら私の研究室くらいですもんね。」
何も知らないジェフリーが朗らかに会話を進めていると、エルドレンが口を挟む。
「ちなみに、シモノフ教授はどこにいったんだ?」
「ああ、3日前の実験で怪我をされてまして、今は自宅療養中です。」
「またか。」
エルドレンの美しい顔に皺が寄っている。
「そう言わないでください。今回、研究室は破壊されませんでしたから。」
「当たり前のことなんだが。」
エルドレンは彼に呆れた顔を向けるが、ジェフリーは慣れっこの様で、苦笑いをして頭を掻く。
「まあいい、ところでメアリーはなんで研究室に寄ったんだ?」
「写真機を作ってもらっているんです。さっきの件はその実験中に起こりまして……。」
「写真機?」
エルドレンの疑問の声にメアリーは2人が倒れていたもう少し奥を指す。
「ええ、写実的な絵画を作り出す機械とでもいいましょうか。」
何とか伝わりそうな表現を探して、メアリーは必死に説明する。エルドレンも興味を示したようで、
「それは面白いな。私も1台ほしい。」
と言う。どうも前線に持ち込んで、使いたいらしい。
「すみません。まだ修正中で。」
「それに、これは私が考案して、私財を投じて、ジェフリーに作っていただいたのですよ。」
メアリーはジェフリーに加勢する。一計を思いついたので、怒ったふりをしておく。
「それは、すまない。」
思わぬ反応だったのだろう、エルドレンは素直に謝る。そんな彼の様子にメアリーは心の中でほくそ笑みながら、つらつらと話し始める。
「いいえ、帝国大学での研究ですもの。エル様にもその権利はありますけど、ひとつ条件がありますわ。」
「ええ、何かな。」
なぜかエルドレンは頬を上げ、嬉しそうにメアリーを見つめる。
「完成したら、エル様も写ってくださいませんか。そして、現像した写真にサインを書いて送ってください。」
「わかった。じゃあ、先ほどのものを含めて現像したものは私の元に送ってくれ。」
「わかりました。王女殿下もそれでよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
推しからのチェキだー!と浮かれていたメアリーは気が付かなかったが、エルドレンもちゃっかりメアリーの写真を入手するのだった。




