46 春のモレスティア
本日2話更新です。こちらは1話目です。
前回の反省を受けて、今回はシェレンディア帝国首都モレスティアまでは航路で向かった。ラウスト王国では花が咲き始める季節も、帝国では溶けて固まった氷のような雪がそこかしこに残る。
「まだ寒いわね。」
馬車を降りたメアリーが吐き出した息は白く、視界にうっすらと靄がかかる。足を踏み入れたのが無機質な石造りの建物だからだろうか、玄関に入ってもまだ寒さを感じてしまう。
後ろに控えていたエイダが震える肩にそっとストールを掛けてくれる。メアリーがあたりを見回して見ると、受付横から見知った人物が緑がかった髪を覗かせていた。
「メアリー王女殿下、ジェフリーです。ようこそお越しくださいました。」
そこには張りのあるシャツを身に纏ったジェフリー・モアメアが立っていた。彼とは手紙では頻繁にやり取りしているものの、直接会うのは1年ぶりとなる。
「ジェフリー、鉄道事業の件は色々と助かったわ。」
「王女殿下のご提案もあって、ラウスト王国でも導入されたみたいですね。」
頷くメアリーを見つめるジェフリーは、人のよさそうなお兄さんという印象は変わらない。だが、以前はほっそりしていた頬が少しだけふっくらとしていた。
「ちなみに、シェレンディアの食事がお口に合うのかしら?」
「あはは、王女殿下にもバレてしまいましたか。実は共同研究をしていたシモノフ教授のご厚意で、教授の家で下宿しているんです。娘さんが家庭料理を振舞ってくれるのですが、それがとてもおいしくて。」
「あら、それはいつか私もご相伴に預かってみたいものだわ。」
メアリーは湯気の立つ料理を想像し、羨ましそうな声を上げた。階段の手すりも石で作られているようで、ひんやりとした冷たさが指先から伝わってくる。
「シモノフ教授も王女殿下に再びお会いしたいと言っておりましたし、ご要望とあれば、シェレンディアに嫁がれた後にでもお誘いがあるかもしれませんね。」
「まあ、嬉しい。でも、きっとその時にはジェフリーはいないのよね。残念だわ。」
「どういうことですか。」
ジェフリーはメアリーの言葉に目を丸くする。
「もともとあなたの卒業後には仕官の話があったでしょう?」
「ああ、白紙になった開発局の仕官の話ですね。」
彼は淡々と口にするも、そのグレーの瞳はどこか悲しそうだ。
「ジェフリーのご実家が開発局に手を回して白紙にしたそうだけど、ラウストでの鉄道の敷設を始めるとともに、あなたが開発したことも知れ渡らせたのよ。」
「開発はシモノフ教授の功績が大きいと思いますけど。」
謙遜するも、頬を染める彼はどこか嬉しそうだ。
「ご実家の工作も嘘だとわかったし、仕官の話も元に戻せたのよ。」
メアリーは上機嫌で語り続ける。
「それに前よりも良い待遇で出迎えられるわ。」
「私のためにそこまでしていただくなんて、本当にありがとうございます。」
お礼とともに、ジェフリーは研究室の扉を開いてメアリーを招き入れる。
「いいえ、あなたにしてもらったことを考えれば大したことではないわ。」
メアリーは朗らかな声を上げるも、着席を促すジェフリーはどこか気まずそうだ。
「ジェフリー、私の行動は迷惑だったかしら?」
「いえ、とてもありがたい話なのですが……。実は卒業後、このままシェレンディア帝国に移住しても良いなとも思っていまして。」
「そうなの?」
ジェフリーは奥でお茶の準備をするエイダをちらりと見てから、メアリーの耳元に手を当てる。
「シモノフ教授から婿にこないかと言われてまして。」
「まあ!」
頬を赤みを隠すかのように、彼は口元を手に当てながらもごもごと話し出す。
「いやいや、それだけが理由ではないです。来年には王女殿下がシェレンディアに来られますし、ラウストに戻るよりもお力になれるかと思いまして。」
「いいのよ、ジェフリー。そういうことなら気にしないで。」
きっとのりの効いたそのシャツも、教授の娘さんが丁寧に仕事をされたものね。メアリーは心底楽しそうに笑みを浮かべる。
気恥ずかしさもあったのだろうジェフリーは勢いよくソファから立ち上がると、
「本日の用事の準備してきます!」
と言って、さっさと奥に引っ込んでしまった。残念、もっと人の恋バナを聞きたかったのにとメアリーが口を尖らせていると、後ろからエイダがお盆も持たずに近づいてきた。
「メアリー様、こちらの部屋にはコーヒーしかなかったので、紅茶がないか聞いてまいりますね。」
「わかったわ。彼も今準備をしているようだから、急がなくて構わないわよ。」
お菓子は持参したのですが、お茶は盲点でしたと言って、エイダはとぼとぼと部屋を出ていく。コーヒーでも悪くないが、船が港に着いたのが予定よりも早かったため、エルドレンとの約束の時間にもまだ余裕がある。エイダには悪いがここはお願いしよう。




