45 聖女の推理
折角エルドレンが王宮に滞在しているというのに、彼が父上と兄上とともにビリヤードルームに籠ってしまいメアリーは1人時間を持て余していた。
「で、お茶会に誘われたわけね。私もシリル殿下がいらっしゃらないからちょうどよかったわ。」
メアリーの対面には、もう冬になったというのに今年の日焼け跡を残したままのサラがいた。令嬢らしからぬ姿だが、彼女は小麦色の肌も健康そうでしょと、全く気にしていないようだ。
サスティーナ地方の現状を報告しようと王宮に参上していたサラを捕まえて、陽の降り注ぐ温室に2人はいた。
「で、相手のいない私に惚気ようと?」
サラは片手を頬に当てて、口を尖らせる。出会い頭にメアリーがエルドレンからプロポーズされたと勢い余って話し続けたのを怒っているのだろうか。
「冗談よ。大方、私がいなくなった後の連邦でのイベントのことを聞きたいんでしょ?」
メアリーは小さく頷き、連邦で起こったことを詳らかに話す。断罪イベントの内容やその後始末、転生者であろうステラテアのこと、不吉な彼女の助言。サラはもぐもぐと口を動かしながら、メアリーの説明を黙って聞いていた。
メアリーは紅茶を啜り、カラカラになった喉を潤す。
「で、サラの知識から考えて何かわかることはない?」
「そうねぇ。断罪イベントは確かにあったけれど、それは第1部の主人公が連邦に留学に来たことをきっかけで発生するのよね。」
サラは最後のクッキーを口にする。
「だから、私が連邦に留学に行ってないんだから、断罪イベントは起こらないはずよ。だから、もともとのストーリからは逸脱しているわ。」
「じゃあそのステラテアが無理やり起こしたイベントってこと?」
メアリーは首をかしげる。
「でしょうね。そもそも、『ステラテア』って名前をどこかで見たような気がするけど……。」
うーんと唸るサラだが、全く思い出せないようだ。違うことだけどと前置きして、彼女は筆を手に取る。
「名前と言えば、転生者なら前世の名前と同じになりそうなのよね。例えば、私は前世では沙羅。」
サラはメモに漢字の名前を書きつけて、メアリーに見せる。確かに、『サラ』という名前はラウスト王国の伝統的な名付けからは外れている。
「彼女が前世でステラテアという名前だったとは考えにくいわよね。」
「メアリー様みたいに前世を思い出す例もあるから、一概には言えないけど。」
名前の線で考えるのは振り出しに戻ってしまった。
「ただ、占いで人を操ってイベントを起こすとか、メアリー様に助言ができるってことはシナリオを把握してないとできないことよ。彼女が転生者であることは確定でしょ。」
サラは推察する。
「でも、その彼女ってとても賢いわよね。私だってシナリオを知っているけど、最初から信じてくれる人ばかりではなかったわ。場合によっては気味悪がられるものだし。それを占いの結果として助言する――この世界に受け入れられる形に上手く合わせるなんて、人生2周目みたいよね。」
「まあ、私もサラも人生2周目みたいなものだけど。」
メアリーが肩をすくめる。
「あとは何故、私が目の敵にされているのかしら?」
「メアリー様をねぇ?私ならわかるんだけど。」
お菓子がなくなったためか、手持ち無沙汰になったサラは淡い水色の髪をいじる。
「第3部の主人公は独立してプレイしたらただの乙女ゲームの主人公らしいんだけど、第1部の主人公が留学に来ることによって、悪役令嬢の立ち位置に変わっちゃうのよね。」
まあ、私は後者でプレイしてたから前者はパンフレットの受け売りだけどとサラは言う。
「サラに恨みがないのは、あなたが留学してこなかったからかしら。」
「どうかしらね。」
サラは手を上げて首を振る。さすがの彼女でも何もわからないらしい。それでも、メアリーは恨まれる筋合いもない。溜息を吐いて、紅茶に角砂糖を一つ落とす。
「ところであれは何よ。」
サラが指をさした方向には机にシーツが掛けられ、その上に板状のガラスが並ぶ。
「ああ、エル様のアクスタ?」
明らかにアクリルスタンドではない何かをメアリーはちらりと見る。サラは席を立って、祭壇に近づいていく。
「アクスタなんてこの世界にはまだ存在しないし、これは明らかにアクスタじゃないでしょ。」
「ガラスの板にね、絵師に描いてもらったの。」
メアリーはふふふと笑い、紅茶を啜る。
「器用なこと思いつくわね。」
サラは唇に指を当てて、アクスタもどきから散乱した光を眺める。
「ジェフリーに写真機の作成を依頼しているけど、まだできていなくて。」
本当はチェキでも飾りたいところだが、今の技術ではこれが精いっぱいだ。
「ここに来るたび豪華になってそうね。」
サラは茶化すように笑う。メアリーが彼女に文句を言おうかと口を開いた時、外からノックの音が聞こえる。
「デュメル嬢、シリル殿下がお呼びです。」
「わかりました。」
彼女はそそくさと部屋を出て行く。
「じゃあね、何か思い出したらまた来るわ。」
サラは手だけ覗かせて、ひらひらと手振ったかと思うと足早に去っていった。




