42 プロポーズ①
恋焦がれた待ち人はそこにいた。
「予定よりも早く王国に来れましたね。」
先ぶれに伴い、メアリーは約2年ぶりの訪問となるエルドレンを王宮で出迎える。
もうすぐ14歳になるメアリーは、初めて2人が顔を合わせた頃よりも手足がすらりと伸び、表情もどこか大人びたものを漂わせていた。
だが、相対するエルドレンはそれ以上に背丈が伸び、メアリーとの身長差は縮まらない。彼の澄んだ青色の瞳、切れ長のアイラインが醸し出す雰囲気は凛として、もうゲームの小冊子にあったキャラクター姿と遜色ない。
「本日はどこからお越しになられたんですか?」
メアリーは彼を王宮の一室まで案内しながら、足早に歩を進める。隣を歩くエルドレンからは潮の香りがふわりとする。
「昨日、フィストラル王国の港についてね、途中の街で1泊してここまで来たんだ。もともとはスッツデール帝国まで足を運んでいてね。」
「西の帝国ですか?それは長旅でしたね。」
スッツデール帝国は大陸から少々離れた島国が主な領土であるが、シェレンディア帝国の西方の大陸部にも一部領土を持つ。先祖は海賊だとも言われており、その軍事力は陸のシェレンディア、海のスッツデールと呼ばれるほどだ。
両国は数十年前の戦以降、停戦協定を結んでいる。軍部のトップである彼が足を運んだのであれば、その関係だろう。さすがに機密情報は話せないだろうと、メアリーは直接的な話題を避けて話を振る。
「きっと皇帝にもお会いされたのですよね。どんな方でしたか?私、お会いしたことがありませんの。」
「ああ、アンドルー皇帝か。何というか、生まれる時代を間違えたお方だったな。」
メアリーは思わぬ回答に目を丸くする。
「先帝は賢帝と呼ばれておりましたもの、比較されると困ってしまいますね。」
「そうではない、この平和な時代にそぐわないお人なんだ。」
「なるほど?」
言葉とは裏腹にメアリーは全くついていけていない。エルドレンはそれに気が付いたようで、階段を上りながら説明してくれる。
「あの人はもともと帝位を継承するはずがなかったんだ。」
「確か、先帝には子供がいらっしゃらなかったのでは?」
後継ぎがおらず、第1継承権を持つ弟君が跡を継いだと記憶している。
「いいや、子供はいたんだよ。」
「え?」
「だが、先帝の崩御と同時に、小さな兄弟2人は彼に塔に幽閉されてしまってね。」
エルドレンは憐れむようにどこか遠くを見つめる。
「殺したのか、どこか遠い島にやったのかはわからない。公式にはいつの間にか消えたとされて、その話題に触れないのが常識となっている。メアリーが知らないのも仕方ないよ。」
この世界では王族やその血族が重い罪を犯したとしても修道院送りにするのが一般的である。ましてや幼子であれば、殺害や流刑はもってのほかだ。
「それに、彼は軍事的には天才だろうな。先帝の側近が帝位を取り戻そうと地方を巻き込んで旗を上げたが、3度とも失敗に終わっている。」
「まあ。」
「欲深い男だよ。」
エルドレンは溜息とともに言葉を吐き出す。
「何かあったのですね。」
メアリーが聞き出そうとするも、彼は目線を合わせようとしない。
「メアリー、あいつにはあと1年絶対に近づかないでくれ。私に嫁いでから、皇太子妃として挨拶に行くので構わないだろう。」
「よくわかりませんが、楽しみにしておきますわ。」
驚いた表情をするエルドレンに、メアリーは
「皇太子妃になれるのが、ですよ。」
と念押しする。
「そっか、そうだね。」
エルドレンは顎に手を当てて、何かを考えるそぶりをする。その横顔を見つめるメアリーは、連邦で出会ったステラテアの『無理な結婚。低迷する恋愛。』という言葉、ハルラム第1皇子の『シェレンディア皇太子との婚約話も嘘』という言葉が頭をよぎる。
いつの間にか俯いていたメアリーその肩をぽんぽんと優しく叩かれた。
「荷物を置いたら外に出かけようか。」
見上げようとしたメアリーに澄んだ青の瞳が大きく近づく。かがんだエルドレンが顔を覗き込んだようで、絵画の様な美しい顔にやられてしまう。
「あっ。」
メアリーが思わず後ろによろけると、彼は肩から包み込むように抱き寄せた。形の良い彼の唇から大丈夫かと囁かれる。
その瞳を直視できずに、迷いと動揺を隠すかのように顔を背けてしまう。
「何か気になることでもあった?」
エルドレンは飛び跳ねたひとすくいの亜麻色の髪を指で優しく撫でて、メアリーの耳にかけてから、ゆっくりとおろす。
代わりに彼の大きな手が差し出される。
軍服から覗く手首は白磁のように白くて滑らかなのに、手のひらには顔に似合わず、剣でできたマメがあった。
軍部を動かし、鍛錬を重ねて実力もある彼。片や王女でありながら、国の一大事に呼ばれることも、駆け付けることもなかった私。
『私と婚姻は本当なのですか。』との一言が言えないまま、メアリーはその手を取った。




