40 いざサスティーナ地方へ
メアリーが連邦内に滞在中、サラや兄のシリル殿下に送った手紙の返答は一切なく、彼女たちが対応に忙殺されているのだろうということしかわからなかった。
立ち寄った街で購入した新聞を馬車の中で眺めるも、大した情報は得られない。紙面の見出しには『サスティーナ地方、まるで海中に沈む』と書かれていた。
「うわっ。」
急に突き上げるように揺れに見舞われ、メアリーは新聞を落として、壁に手を付く。冬のシェレンディアのぬかるんだ道よりはましだが、不規則に体が飛び上がり、お尻が痛くなりそうだ。
「ひどいわ……。」
車窓から顔を覗かせたメアリーの瞳に写ったのは、荒れ果てた耕作地、原形のなくなった家屋だった。泥にまみれではあったが、手入れされた家屋には少し前まであった人の気配を感じさせる。
地面に目を向けてみれば、いくつものひび割れがあった。これは大量の水分を含んだ後、一気に乾燥することで起こる現象だ。
ラウスト王国との国境を閉じた連邦内では情報が錯綜していたが、地方の南北を縦断するように流れる川が大規模に氾濫したという知らせは正しかったことを知る。そのあと日照りにでもあったのだろう。
シナリオ通りであれば、本当は飢饉までもう少し時間があったはずなのに、そもそもサラからは作物の不作が原因で発生すると聞いていたのに。いつもよりも早く暗くなり始めた空の下、メアリーは一人馬車の中で祈りを捧げていた。
◇ ◇ ◇
サラは焚火に木をくべていた。薪にしてはあまりにも綺麗な木材は、かつては家屋の柱だった。メアリーはそれを投げ入れるのは気が引けたが、彼女はもう躊躇がない。1か月の差はあまりにも大きいことを実感する。
メアリーは2つの椀のうち1つを差し出しながら、目の前の彼女を直視できずに、ぽつりとつぶやく。
「ごめんね、遅くなって。」
椀を受け取ったサラは、令嬢とは思えない薄汚れた服のままで、地面に座り込んだ。
「メアリー様がこれだけの食料支援を引き出してくれたんでしょ?そもそも馬車を私が借りて行っちゃったから王国に帰れなくしてしまったんだし。」
サラはその食料で作られたスープを一すくい口に運ぶ。1週間ぶりの食事だと、少しこけた頬を上げて笑う。
「ここの備蓄庫は泥まみれで食べられるものはほとんど残ってなくて、シリル殿下が率いた1次隊、私が合流した2次隊が持参した食料はすでになくなってしまったの。」
彼女はスープの中に肉を見つけ、嬉しそうにする。
「1次隊は国庫から、2次隊は近隣の備蓄庫からかき集めて急いできたみたいなんだけど、頼みの綱の3次隊は遠方からの食料を持ってこなくちゃいけないから、間に合わなかったみたいね。」
それでもメアリーが物資を届けた際には、サラの識字率の向上も影響してか、各地の食料の必要数は村の民により取りまとめられており、中心部の村以外にも迅速に振り分けることができた。
「そうなのね。」
メアリーは遠くで炊き出しを受け取る人々の群れをぼんやりと眺めていた。ぽつりぽつりと灯る火の光で、人々の影が細長く揺らめく。皆の口数は少なく、遠目で見れば亡霊の街に彷徨いこんでしまったようで、夜の帳も下りた、遮るものがない大地には奇妙な静けさが広がっていた。
「メアリー様、私思うの。」
サラの声にメアリーは意識を現実に引き戻す。
「シナリオにあらがっても、修正力が働くんじゃないかって。」
空になった椀を置いて、彼女は語る。
「肥沃な土地は水害と隣り合わせだから、河川整備にも着手していたの。でも、間に合わなかったのよ。」
「仕方ないわよ、見込みよりも早くイベントが起こってしまったのだし。」
メアリーは思いつめたような表情をするサラの肩に優しく手を置く。だが、彼女はメアリーの手を肩から下ろし、ゆっくりと首を振る。
「きっと、違うわ。整備まで完了していれば飢饉のイベントを起こすのが難しくなる。だから、想定よりもイベントが早く起こったんじゃないかって。前回の小麦の件もそうよ。」
「それは……。」
『何か強制力が働いている』かもしれない――メアリーが以前この地方を訪れた際に、彼女が発言していた言葉を思い出す。この状況では将来のことを考えてもいられないが、いくら手を尽くしたところで数年後の戦争は回避できないということだろうか。
「サラの考えが正しいとしても、今はこの状況を何とかしないとね。」
メアリーはまるで自分にも言い聞かせるように、必要以上に大声を上げた。それを聞いたサラはふふふと笑う。
「そうね。とりあえず救助は終わって、目下の食料は確保できた。あとは、冬までに住居の確保と仕事の手配をどうするかよね。」
比較的温暖なラウスト王国であっても、冬まで外では暮らせない。畑も再整備するのに時間がかかり、手仕事の材料すら水に流されていってしまった。
「前世なら、仮設住宅とかあるけれど、この世界の技術ではそんな簡単に建てられないでしょうし、野良仕事は畑がめちゃくちゃでそれどころではないしね。」
サラの目線の先には月明りに照らされた地平線と山々しかないが、おそらくそこにも小麦畑があったのだろう。
「うーん。それならサラ、ここの人たちの構成はわかるかしら。」
「配給の関係である程度わかっているけど、何をするつもり?」
サラは手元のメモに書き足して、手渡してきた。
「父上との交渉次第だけど、上手くいくかもしれないわ。」
メアリーは彼女の耳元に手を当てて、そっとささやいた。




