39 婚約の秘密
メアリーは出立の日を迎えていた。断罪の一件はルドラ第3王子の勘違いということで今のところ話が進んでいるらしく、真相まではたどり着けなさそうだ。というのも、もともと彼は没頭すると周りが見えなくなったり、思い込みの強いところがあったらしく、周りの学生に聞き込みをしてもルドラ王子の勘違いでしょという反応が多数を占めていた。
真相の近くにいるはずのステラテア・キャンデル子爵令嬢の件は解決に至らなかったが、これ以上メアリーは連邦に滞在する訳にもいかず、その件についてはハルラムに任せておくことにした。
メアリーはここが前世のゲーム世界と知っているから、彼女が占いという言葉の糸でシナリオ知識により人を操ったと推測できても、それを証明する手立てもない。彼には前世の知識を伏せて、お茶会での話に嘘と真実を混ぜながら、彼女の疑いについては伝えておいたが無駄足になる可能性が高そうだ。
きっと、王族や有力貴族の子に気軽に声を掛けたり、婚約者でもない男性と密会を重ねていた件に彼女も噛んでいるはずだが、ここ数日のルドラ王子への詰問でもその尻尾が出なかったので、きっとお咎めなしになるのだろう。
煮え切らない思いはありつつも、連邦を出ればステラテアとは会うことはない。彼女の『またいずれ』との言葉には引っかかりを覚えるが、それも人の心をコントロールする手腕の一つなのかもしれない。
メアリーはサスティーナ地方にいる被害者やそこで尽力している兄上やサラたちのことを思えば、ここ1か月のこともちっぽけな悩みだと心の整理をつけつつあった。
それに、ルドラ王子の非礼の詫びとして、予定よりも食料支援をはずんでもらった。荷馬車ではあるが、その数は壮観であり、途中の街からも物品を乗せた馬車が合流してくるとのことだ。
サスティーナ地方の一報から1か月ほど遅れて乗り込むことになるが、メアリーの尊厳をかけた結婚偽装のおかげで、自分も一応役には立てそうだ。断罪イベントに巻き込まれるわ、結婚が嘘だと早々にバレるわ、第3部のヒロインに絡まれることもあったが、まあそれも致し方ないだろう。
満足げな顔で馬車に乗り込もうとするメアリーの手をハルラムが握る。
「私との結婚は嘘だったけど、何かあったら私を頼るといいよ。嫁ぎ先に困ったりしたらね。」
「お心遣いありがとうございます。でも、そんなことあり得ませんわ。」
ウインクを送る彼に対し、メアリーは冗談だと軽く受け流す。気が付くと、そこには真剣な眼差しを送るハルラムの姿があった。
「じゃあ、シェレンディア皇太子との婚約話も嘘だと言ったら?」
「まさか。」
彼の表情は嘘をついているようには見えない。紡ぎ出した言葉とは裏腹に、メアリーの声は上ずる。
「皇太子は君を手に入れるために婚約したと言うだろうさ。でも、これまでに君の家族やシェレンディア皇帝一家は本当にメアリー王女と婚約したと言っていた?」
「え?」
ハルラムの言葉に、メアリーは戸惑う。確かに、シリル兄上は婚約話を持ってきてはいたが、婚約したと直接聞いた訳ではない。それに、シェレンディア皇帝に謁見した際、『将来はシェレンディアの一員になるかもしれない身』とは言われたが、皇太子妃とは口にしていなかった。それは婚約中の身であるから、あのような言い方をしたのだと思っていたのだが……。
「エルドレン様が私を騙しているということですか?」
震える唇は色を失う。『無理な結婚。低迷する恋愛。』――ステラテアの妖艶な笑みが脳裏に浮かんでくる。
「そういうことではないが、彼の想いは直接君が聞くべきことだ。ただ、彼とよく話し合った方がいいと思う、君の家族とも。」
ただならぬメアリーの様子に、ハルラムは小さな溜息を吐く。
「愛しているんだろう、彼のことを。」
「ええ、推しております。」
「推し……?」
心の中でエル様のマイうちわを振るメアリーに、ハルラムはついていけずに首をかしげる。メアリーは胸を張り、右手を重ね、頬を上げて語り出す。
「たとえ婚姻、いえ、婚約できなくとも、エルドレン様を愛しておりますわ。」
「……そっか、幸せになれるといいね。」
ハルラムの声にかぶせるように、遠くから馬のいななきが聞こえてくる。
「最後の馬車も準備ができたみたいだ。じゃあね、メアリー王女様。」
ハルラムはいつも通りの豪奢な衣装を身に纏い、裾の刺繍を靡かせながら、手を振る。メアリーは最後に深々と一礼して、馬車に乗り込む。
彼女を乗せた馬車は、雨上がりで濡れた石畳の上を進み、頭上にはうっすらと白い月が見え始めていた。




