37 魔術師
「あら、一人で来るなんて舐められたものね。」
ステラテア・キャンデル子爵令嬢は艶のある黒髪をなびかせ、尊大な態度でメアリーに対峙する。
いつもの3人には止められたが、アイシャのつてを頼り、王宮から少し離れたカフェテラスでステラテアとのお茶の約束を取り付けてもらったのだ。
「いけなかったかしら。転生者同士この方が気が楽かと思ってね。」
「それはそうね。で、王女様のご用件は何?」
ステラテアは先日の会場にいたときのような儚げで可憐な様子はなく、棘のある言葉をこちらに向けてくる。メアリーの先制にも怯むことがない様子から、こちらが転生者であることを確信しているようだ。
「あら、私が転生者だと驚かないのね。」
「用件は?私、王女に時間なんて使いたくないのよ。」
ステラテアは取り付く島もないほどに、冷たく言い放つ。
「いえね、先日のごたごたの後に訂正はしたけれど、私がハルラム王子の結婚相手ではないってことを直接伝えにね。きっと彼のルートを選んだのでしょう?」
先日の一件で、メアリーが3人に王妃教育を施していたことが貴族たちにバレており、予定よりも少し早いがハルラム王子との結婚は嘘だと公表していたのだ。貴族の末端にいる元平民の彼女に情報が伝わっているか不安だったことと、まだ今ならハルラムはどの令嬢とも親密ではないから何とかなるかもしれないわよと、転生者同士情報共有してあげようと考えたのだ。
「傲慢ね。」
「?」
彼女の発言の意図が分からず、メアリーは固まってしまう。
「えっと、伝わらなかったかしら。私がハルラム王子と結婚する話は嘘で、まだゲームのシナリオ通り、攻略する手はずはあるはずよ。」
「知っているわよ。」
メアリーが敵ではないことを示したにも関わらず、なぜ彼女はこんなにも態度が変化しないのだろうか。その黒い瞳は感情を読み取らせてはくれない。
「能天気な子ね、あの会場にいる前から知っていたと言っているのよ。」
「……どういうこと?」
「勘違いもいいところね。私がいつハルラム王子狙っているなんて言ったかしら。」
ステラテアはまだ混乱した様子のメアリーを見て、毒々し気な溜息を吐く。
「それなら、別にあんなイベント起こさなくてよかったのではなくて?」
「今頃気が付いたの。だから言っているじゃない。」
「じゃあ、あなたは何がしたかったのよ。」
ハルラム王子の結婚相手になりたい訳でもないなら、断罪イベントを起こす必要もない。王女様を陥れて、タダで済むはずもなく、割が合うほどのメリットが彼女にあるとも思えない。
「教える義理があると思う?」
ステラテアはコーヒーに角砂糖をぽちゃぽちゃと音を立てて投げ入れた。そんな品のない行為にメアリーは眉を寄せる。青々とした木々が揺れ、夏の風とともに2人の代わりに音を奏でた。
先に静寂を破ったのはメアリーだ。
「何も答える気がないなら、どうしてお茶に応じてくれたのでしょうね。」
「まずは聞いたら何でも答えてもらえるという考えを捨てたらどう?」
相対する彼女はどぼどぼとミルクを回し入れながら、下唇を舐める。
「でも、そうね。私が欲しい情報をくれるなら少しくらい答えてあげてもいいわ。」
ステラテアはまるで魔女のように頬を吊り上げて、妖艶に笑む。
占いと称して、人々の行動を操れるくらいシナリオを把握している彼女に与えられる情報などあるだろうか。メアリーは押し黙るしかない。
睫毛を伏せるメアリーを気にすることなく、ステラテアは彼女のペースで会話を進める。
「うーん、第1部にもヒロインはいるはずよね。彼女、あなたには何か言っていなかった?」
サラも何か関係があるのだろうか。
「皆を救って見せると、この連邦も含めて。」
「それだけ?目の前のことに必死なのね。仕方ないわ。」
サラは前世で追加エピソードである第3部をプレイするために、カヴァリル連邦を救おうと何度も第1部をプレイしたと言っていた。第3部が第1部の影響を強く受けるとすれば、何らかの影響を受けたステラテアがサラと私に恨みを持っているのかと推測を立てたが、サラには思うところがなさそうに見えた。
さっぱりわからなくなったメアリーは、答えは期待せずに、疑問を投げかける。
「私、ハルラム王子以外のことで、あなたの不興を買うようなことがあったかしら。」
「……そうね、簡単に占ってあげる。」
ステラテアの唐突な発言にメアリーは目を丸くする。有無を言う暇も与えず、彼女は懐からタロットカードを取り出すと、手慣れた手つきでカードを混ぜ、それを手早く切る。
「どうぞ。」
並べられた数枚のカードに手を翳し、メアリーに手に取るよう促す。恐る恐るカードを返すと、手を掲げる男性が頭を下にしている。
「逆位置の魔術師ね。」
「ぎゃくいちの魔術師?」
「あら、タロットカードは初めて?」
空気に飲まれつつあるメアリーはこくこくと頷くことしかできない。
「迷い、不安定。あとは、――」
ステラテアは流し目でこちらを見る。
「無理な結婚。低迷する恋愛。」
メアリーは彼女の気迫にごくり、と唾を飲み込む。だが、特に思い当たる節はない。エルドレンとの婚約も望んだものだし、最近は会えていないが、数か月後には婚姻で使うティアラの試着にエル様が同席してくれる予定だ。サスティーナのことが解決すればきっとすぐ会えるはずなのだ。
「占い代としてここのお代は王女様にご馳走してもらうわ、ではまたいずれ。」
これ以上は話すことはないと言わんばかりに、彼女は颯爽と席を立ち、街の雑踏に消えていった。




