36 ことの顛末
あれから3日後、事態の全貌が掴めてきたこともあり、ハルラムとメアリー、そして王妃候補の3人は王宮の一角で一堂に会していた。
エカ、アイシャ、ラクシュミーはいつも通り、トレードマークの深緑、桃色、黄色のドレスを纏っているが、これはハルラムがあまりにも顔を覚えてくれないので、皆で結託してこの装いにしたらしい。なんとも罪な男だ。メアリーは隣に座る石像のような端正な顔を眺めながら、肩を上げる。
「どうかした?」
視線に気が付いたハルラムがこちらに顔を向けたので、メアリーは先日の会場で聞きそびれていた疑問を口にする。
「アイシャってあんなに運動神経が良かったのですね。」
「彼女の父は騎士団長の名誉顧問を引き受けていて、長兄も騎士団に所属しているよ。彼女が妃になれば護衛はいらないんじゃないかな。」
彼の言葉は奥に座っているアイシャにも聞こえたようで、照れくさそうに頭を掻く。褒められてはいるが、淑女として、また、王妃候補の令嬢としてはどうなのだろうか。メアリーの冷たい瞳から心情を読み取ったようで、彼女は居ずまいを正した。
「そろそろ本題に入った方がよろしいのでは?」
エカが机をコツコツ叩き、目の前の少女を扇で指す。彼女は小さな体をさらに小さく縮こまらせながら、対面の小さな椅子に腰かけて、小鹿のように震えている。その瞳は5人の一挙手一投足に追われて落ち着かない。
「そうだね。さあ、メイ・ロシュメール伯爵令嬢何か申し開きがあるかな?」
ハルラムは肩肘をついて、その高い鼻先を彼女に向ける。
「あ……あ……。」
メイは自分を抱き寄せるかのように、腕を掴む。床を撫でるように揺れる瞳は、何も映そうとしない。連邦の人間にしてはどこか幼さの残る顔だ。
「第1王子がそう詰問しては話すものも話せませんわ。」
流石の様子にメアリーはハルラムの前に手を翳して、助け船を出す。メアリーは頭をこてんと傾げて、顎に両手を置く。
「ねえ、メイ?知っていることを教えて頂戴な。」
「わわわわ、しゃべったぁ……。」
メイはリンゴのように赤くなった頬に両手を当てて、小ぶりな口は半開きのままになっている。目の前にご馳走が並べられた子犬のような、光悦とした表情は先ほどまでの少女とは思えない。
革靴が絨毯を強く叩く音で、我に返った彼女が小さく体を跳ねさせる。
「あっ、すみません。」
◇
「で、メアリー王女に成り代ろうとしたってわけ?」
「そんな、成り代ろうだなんておこがましいです。」
ハルラムに詰め寄られたメイは、胸の前でぶんぶんと両手を振る。話をよくよく聞くと、彼女は大の小説好きで、メアリーへの強い憧れから大学では王女の真似ごとをしていたらしい。要は、彼女は前世で言う中二病なのだろう。
幸か不幸か、メイの母がラウスト王国出身であり、彼女自身もこの国の人たちよりも淡い胡桃色の髪に、チェリーのような瞳を持ち、連邦の人から見れば王女本人のように見えたらしい。メアリーの愛称にはメイという呼び方もあるからそれも助長したのだろう。
ややこしいな!
「原因は分かったけど、結局ルドラの指摘は君がやったの?」
「最初は仲間内の中だけで、メアリー様の真似をしていただけだったんです。『王子と婚姻したのは小説のネタのためよ』といったのは、友人とのほんの戯れだったんです。」
「それがだんだん気持ちよくなってしまったと。」
ハルラムは子ネズミを追い詰める猫のように、メイににじり寄る。アイシャは彼を止めた方がいいか悩んでいるのか、椅子から腰を浮かせていた。
「……否定できません。小説のネタ集めと称して王子や有力貴族の子たちの周りをウロチョロと歩き回っておりましたし。」
ん?
「声は掛けていなかったの?」
メアリーは彼女の証言がルドラ王子の指摘とは違うことに気が付く。
「はい、私は伯爵家の人間ですし、こちらから公爵様や王族に連なる方なんてお声がけできません。婚約者がいらっしゃる方も多いので、それははしたないことです。私が信望するメアリー王女様がそんな非礼なことなさるはずがありませんので。」
こうも曇りなき眼で見つめられては、メアリーも怯みそうになる。
「では、密会の件も?」
「もちろんです!密会はしていないと、シュリネア神に誓ってお約束できます。」
では一体だれが?
「ステラテア・キャンデルでしょうね。」
ラクシュミーは溜息とともに吐き出した。
「えっと?」
メアリーの疑問にラクシュミーが答える。
「先日の会場でルドラ王子の影に隠れて泣いていたあの少女ですよ。」
「ウソ泣きのね。」
エカがしれっと補足する。
ああ、第3部のヒロインらしきあの少女か。
おそらく、第3部のヒロインがハルラム王子攻略ルートに入ったので、本来はハルラム王子の婚約者が悪役令嬢ポジにされるはずが、メアリーが彼と結婚することになったので巻き込まれたということか。本当は嘘なんだけどな。
第1部、第2部に巻き込まれることが確定しているので、第3部くらい無関係でいたかった。メアリーは肩を落としつつ、話に戻る。
「ラクシュミーの言いぶりだと、ステラテアはあまり好かれていなかったのかしら。」
「公爵令嬢や侯爵令嬢にはあまり。礼儀がなっていませんでしたから。もともと平民上がりで、つい最近子爵の養女になり、大学に入学してきたと。」
「人の殿方に唾をつけるような方ですものね。」
ラクシュミーやエカの発言から、ルドラや有力貴族に声を掛けたのはむしろステラテアだろうというところだろうか。前世の現代的な常識でこの世界を生きようとすれば、そうした問題も起こる。矛盾がないように考えるとすれば、きっと彼女も転生者なのだろう。
「でも、ステラテア子爵令嬢は下級貴族の令嬢には人気があったらしいですよ。」
再び椅子に深く腰掛けたアイシャが口を挟んだ。
「騎士団所属の女の子たちが占いをしてもらったとか言ってました。」
「占い?」
「なんでもよく当たるとかで、彼女の同級生から広まって、誘われたお茶会に顔を出しては、占いを披露していたらしいですよ。」
意外とかわいらしい趣味もあるらしい。メアリーが私も占ってもらうかしらと冗談を言うと、エカとラクシュミーは苦虫を潰したような、およそ令嬢がするとは思えない表情をした。二人はともかく、アイシャは占ってもらわなかったのかと聞くと、騎士団の子から誘いがあったが、興味がなかったので行かなかったらしい。
他愛もない会話で3人が盛り上がり、ハルラムが書類をまとめ始めて、もうすぐお開きかと言う頃、小さな声とともに、メイが手を上げる。
「どうかしたの、メイ。」
「いえ、大したことではないのですが、思い出しまして。」
「なにかしら?」
メアリーがメイに笑顔を向けると、彼女は心臓を押さえてうなり声をあげてからゆっくりと語り出した。
「実は私、ステラテア子爵令嬢に占いをしていただいたことがあります。その時にたまたまメアリー様の小説を薦めていただいて、それがきっかけであなたのファンになったのです。」
メイの注目を浴びるメアリーはどきりと心臓が跳ねた。彼女の視線が原因ではない。ステラテアがこのゲームをやり込んだ転生者で、隅々までシナリオを把握しているとするならば、彼女の一押しで人を動かすのも容易であるはずだ。
王女に似た容姿の彼女がメアリーに憧れ、真似をし、王女だと噂が立ち、メアリーが巻き込まれる。これは果たして偶然なのだろうか。
メアリーは部屋から立ち去るメイを見送った後、煮え切らない思いを抱える。時間が経って苦味が強くなった紅茶を上手く喉に流し込めないまま、ソーサーに静かにカップを置いた。




