35 断罪②
「しらばっくれるな。王女と同じその髪色にその瞳、連邦ではかなり珍しい容姿だ。皆が見間違うと思うのか?」
ルドラは馬鹿にされたと感じたのか、声を荒らげる。いけないわ、貴族のお作法がなっていないじゃない。メアリーはほつれた亜麻色の髪を耳にかけ、桃色の瞳をつまらなそうに彼に向ける。
「確かにこちらの国で私と全く同じ容姿をしているものはきっといないでしょうね。」
「そうだろう。」
勝ち誇ったようする彼は、こちらまで鼻息が聞こえてきそうだ。後ろにいるステラテアという少女は肩を震わせて泣いているふりをしながら、ほくそ笑んでいる。
ふうん。同情の余地なしね。ヒロインだか何か知らないが、この世界の貴族社会で生きてきた王女の流儀をみせてやりましょうか。メアリーは息を静かに吐くと、勢いよく扇を開いて口元を隠す。
「連邦では確かサスクルィーク教を信仰されているとか。」
「そうだが?」
メアリーの問いに、ルドラは眉を寄せながらも素直に答える。
「2柱の女神の髪と瞳の色はご存じですか。」
「愛の女神シュネリア神と豊穣の女神ユーリア神の色か。王子を馬鹿にしているのか。」
メアリーの意図が読めずにいる彼は、靴を鳴らして苛立ちを隠そうとしない。側妃ですらない、愛妾の息子である彼には教養を身に着ける機会も与えられなかったのだろうか。
「まあいい。どちらも薄茶の髪に鮮やかな青目をしていたはずだが、今の話と何の関係がある?」
ルドラはこめかみに軽く手を置いて、記憶の奥から思い出すように語る。
「そうですね。では、同じ宗教を信仰しているネイシタブ王国ではどのように教えられているでしょうか。」
「は?」
メアリーは役者にでもなったかのように仰々しく右手を掲げ、胸元には左手を置き、一節を諳んじる。
「愛の女神シュネリア神は駱駝色の髪をひと房切り取って、その哀れな恋人たちの小指を結んだ。豊穣の女神ユーリア神は荒れ果てた大地を嘆き、その小麦色の髪を切り落として天空から降らせた。」
玉座の上で急に開かれた演劇に、ルドラはあっけにとられる。
「黒髪と濃い瞳の者が多い連邦では、彼女たちの駱駝色と小麦色の髪は区別されません。こちらよりも淡い髪色や瞳を持つ者もいる他民族国家のネイシタブ王国では明確に区別されます。」
「宗派が違うからではないか。」
ルドラは教師の問いに答えるかのように、浮かんだ疑問をそのまま口に出している。知恵のあるものはメアリーの意図に感づいたようで、会場内がざわざわとし始めた。
「ネイシタブ王国と連邦の宗派は変わりません。ともに旧サスクルィーク教典を解釈したものを信仰しておりますよ。」
会場の人々はルドラに哀れみの眼差しを向け、にわかに蔑みを含んださえずりが広がる。ステラテアは自国の宗教の話すら首をかしげ、うっとりと玉座の先を見つめるだけだ。こんなことを企む割に、知識が足りないのは傲慢な転生者と言ったところだろうか。
「瞳に関わる節を暗唱しても無駄ですね。」
メアリーは小さくひとりごつ。婉曲的な表現も王子として持つべき知識も欠けているようだ。
「ハルラム様、王女らしくない振る舞いをお許しください。」
隣に座るハルラムはこくりと頷く。もう笑いは引いたようで、ワイン片手にこの舞台をつまみにしているようだ。
「私からすれば連邦の皆様は同じ容姿です。顔の違いなんて、何度もお会いしている方以外同じ彫の深い顔です。以上でわかりましたか。」
つまり、メアリーと少しでも似たような容姿の人間がいれば、連邦の人間はメアリーだと錯覚する。例えば、似ても似つかない金髪に赤い瞳をした少女でも、ここではメアリーと判断しかねない。
「それは私の証拠を覆すことにはならないだろう。」
流石に理解した様子のルドラだが、衆人環視の中一歩も引こうともしない。こちらとしては全くの冤罪ではあるのだが、それを抜きにしてもメアリーの証言、先ほどの指摘から手元の根拠を洗い直し、出直した方が良いという示唆すらわからないのだろうか。
あまり他国と諍いを起こすのもなと躊躇していると、聞きなれた声が響く。
「黙りなさい。王女は慈悲をくださっていたのに、無下にしたわね。」
艶のあるその声はエカのものだった。彼女はレースが幾重にも重ねられた深緑のドレスを纏い、大きく空いた胸元には品のあるアメジストのネックレスを身に着けて、わざとらしくヒールを鳴らしてこちらに近づいてくる。
「メアリー王女は私たちに王妃教育を施すために、ほとんど王宮にいらっしゃったのよ?」
続いて、よく通る声を上げたのはラクシュミーだった。彼女もトレードマークの黄色のドレスだが、いつもより優美で細かな意匠のものを纏っている。
「ハルラム様と結婚するという話も、私たちの王妃候補者の教育が終わっていないから、隠れ蓑として引き受けてくださったものだし。」
「「ねえ、メアリー様?」」
「ええ、そうね。」
主たる滞在目的はそれではないか、ここは2人の話に乗っておくべきだろう。
「騙したんだな。」
「こちらも事情がございますわ。そもそも、耳を貸さなかったのはルドラ王子の方ではありませんか。」
メアリーは2人の援護射撃を受け、彼を追い詰める。
「……馬鹿にするなよ!」
自分の過ちに気づくも、非を認められないのか、ルドラは唇を強く噛む。滴り落ちる赤が、大理石の床を染める。その異様な様子に皆が気を取られていた時だった。急に走り出した彼は、こちらに向かって殴り込もうとこぶしを上げる。
控えていた護衛や、隣にいたハルラムもメアリーをかばおうと席を立つが、身内だと油断したのか一歩間に合わない。爛々と煌めくシャンデリアの影になって、逆光で表情が読めないルドラの手がメアリーの顔を掠めるかに思えた。
「のけーー!」
急に叫び出した人物は、彼を勢いよく突き飛ばしたかと思うとコロコロと回転して綺麗に受け身を取った。それは見慣れたアイシャの姿だった。
「確保しておけ。」
動揺を隠せない周囲とはよそにハルラムは淡々と事後処理を進める。
メアリーは玉座から降り、床に座ったままのアイシャの手を取り、立ち上がる彼女のドレスをはたく。そうこうしていると、エカとラクシュミーも近寄ってきた。
「もう、3人ともはしたないんだから。」
言葉とは裏腹に、メアリーが3人に慈愛の笑みを向けると、皆照れくさそうにして手を握り合った。




