34 断罪①
「メアリー王女、あなたを断罪する。」
目の前にいる豪奢な身なりの男性は、周りの動揺から察するに身分が高そうな御仁だ。
はて、何のことやら。メアリーは首をかしげつつ、様子を伺おうと黙り込む。
そんな彼女の姿を、たくさんの黒い点が様々な思惑渦巻く瞳と共に見つめている。貴婦人たちは口元を華美な扇で覆うものの、そんな小さなものでは邪な好奇心は隠れようがない。
「私はカヴァリア連邦第3王子ルドラ・カヴァリアだ。」
ざわめきだす会場内を一刀した彼は、片時もメアリーから目を離そうともしない。ハルラムの瞳が満点の星空を思わせるのであれば、ルドラの瞳は月食によって生まれた闇のような、隠れた太陽を想起させる瞳をしている。
なるほど、ハルラム彼が第1王子の弟なら納得だ。ルドラは研究のため寮から大学に通っており、正義感の強い人間だと聞いている。他の兄弟たちとは、王宮に来訪した初日のディナーで挨拶を済ませたが、彼とはまだ会えていなかった。大学訪問の際には、挨拶をした方がよいかとハルラムに尋ねたが、なんだか複雑な表情をして誤魔化された記憶がある。
「この期に及んでまだとぼけるのか。」
受け答えをしなかったことが、火に油を注いでしまったようだ。目の前の彼の怒りは冷めやらず、その細い口を閉じる間もなく、メアリーを糾弾する。
「王女は、シェレンディア帝国第1皇子と婚約しているそうだな。それなのに、兄上、いや、ハルラム第1王子と結婚しようと約束していると言うではないか。」
連邦の隅々まではエルドレンとの婚約話は広がっていなかったのか、貴族たちは一様に驚いた声を上げる。いくつもの小さいささやきもこだますれば、ホールは夜会とは思えない騒々しさに包まれた。
むしろあなたのお兄様との結婚話が嘘なのですが、とも言えず、メアリーは黙秘を貫く。
確かに彼の指摘は正しい。事情から考えれば不可抗力みたいなものだけれども、それは本当にごめんなさい。
ルドラはメアリーの返答がないこと肯定と捉えたのか、顎を上げ、勝ち誇ったように見上げてくる。
「ハルラム王子と共に、初めて大学を訪問した際には、その腕にしなだれかかる様にしていたとか。その時はまだ結婚の話は出ておらず、そうして王子をたぶらかして結婚を約束させたんだろう。とんだ悪女ではないか。」
確かに、その件については疲れたメアリーがよしかかり、そう見えることもあったかもしれない。原因の一端はハルラムにもあるのだが、とりあえず誤解を招くようなことをして、重ね重ねごめんなさい。メアリーは心の内で謝罪した。
もちろんそんな声は彼に届かず、ルドラは途切れなくメアリーを非難する。
「大学では、ステラテアがハルラム王子に恋焦がれているのを知りながら、王子と婚姻したのは小説のネタのためよと言い、」
おや?
「神聖な学び舎で僕や有力貴族の子たちに気軽に声を掛けるような浮気者で、」
おやおや?
「婚約者でもない男性と、図書室で密会を重ねていたとの報告も上がっている。」
おやおやおや?
「彼女が平民だからと言って、そんな真似をする王女はどうなんだ。」
…………あまりにも身に覚えがなさすぎる。
だが、一つわかることは、以前サラが言っていた『第3部はリメイク版が出たときに追加されたコンテンツだから、内政がメインではなく、流行を追った』という言葉から推測すれば、第3部は当時流行っていた悪役令嬢ものなのではないだろうか。
そして今の状況は断罪イベントで、私が悪役令嬢にさせられているということか。
これがゲームのイベントだと気が付いたメアリーはこの状況を俯瞰できるようになり、落ち着きを取り戻す。
目の前で注目を浴びる彼ばかりに注目していたが、隣のハルラムは袖口で汗を拭うことを装って、笑いそうになる口元を隠している。笑う前に助けてほしいし、自分の弟ならここまでヒートアップする前にどうにか止めてほしい。
心が泣きそうになるが、いっそのこと、これをネタにサスティーナ地方への支援をもっと引き出してやろう。王女はたくましい魂胆を抱え、口の端に少し笑みをこぼすと、ルドラが目ざとくそれに気が付き、眉に海溝のような深い皺を寄せる。
「何か言ったらどうだ。」
ルドラは、美しい栗色の髪をもつ女性を支えながらメアリーに鋭い視線を向ける。ステラテアと呼ばれた少女はさめざめと泣きながら、赤葡萄色のガーネットのような瞳でこちらをちらちらと見てくる。……ウソ泣きだろうか。
それなら、悪役令嬢もののいいつつ、ヒロインにざまぁするタイプのストーリーかもしれない。それならメアリーがあちらを糾弾できるはずだが、ステラテアに何もしていなければ、王宮にいただけで証拠もない。
ああ、なぜ重要な時にサラはここにいないのか。いや、さすがにサスティーナ地方の被害の方が問題なので、そうも言ってられないのだが。とりあえず、事実の確認からいこう。メアリーは重い口を開く。
「ええと、私、連邦の大学には一度しか訪問しておりませんが、それはどなたのお話かしら。」




