33 収穫祭の夜
「ハルラム様、私、ドレスを贈られるとは聞いておりませんわ。」
連邦では夜会に出席する予定はなく私用で来訪したメアリーは、手持ちにふさわしい装いがなく、ハルラムにドレスを貸してもらえるようお願いをしていた。
そのため、数週間前の王宮の侍女とお針子の方々に採寸を受けたが、何人かいる妹君のドレスを借りて、体に合うよう調整するためだと疑っていなかった。
「綺麗だ。似合っているよ。」
彼はウインクを返す。いつもは少し遊ばせている黒髪はかっちりとまとめられ、正装の真っ白な衣装と相まって、舞台の上にいるような、石像のような美術品のようにも思える。
その笑顔一つで会場にいる貴婦人たちの心を簡単に奪ってしまいそうだ。
「ありがとうございます。でも、ここまでしていただくにはいきませんわ。」
メアリーはその桃色の瞳を彼から逸らして、ドレスをつまむ。
今夜開催される収穫祭の夜会に出席するために纏った濃紺のドレスには、小さなダイアモンドが刺繍され、星の川を思わせるデザインとなっている。それを一目見た人は、彼の瞳の中で煌めく光彩を想像するだろう。
白い首元にはオニキスの黒い数珠つなぎのネックレスがつやつやと光り、これらを見て何も感づかない人間は貴族にはいないだろう。
「あまりにも、私の『色』に染まりすぎていると?」
メアリーはその言葉に小さく頷いた。
「心配しなくとも、それは当たり前だ。建前上、この収穫祭では私たちは『結婚する予定の2人』という話だっただろう。」
「確かに……そうですわね。」
一人勘違いして馬鹿みたいだ。メアリーは頬が熱くなるのを感じる。結婚をするのに夫の色に染められていない新婚の妻など、かえって怪しいに決まっている。
「かわいいね。」
ハルラムは、百面相をするメアリーを楽しみながら、こちらを見つめている。言葉にならない声を上げる彼女を気にせず、彼は濃紺のドレスを纏った手を取る。
「さあ、行こうか。メアリー。」
主賓であり、最後の入場者となった二人は目くばせをしてから、ドアの前に向き直る。呼応したように、重厚なドアが開かれ、音楽隊の優雅な音色とともに。多くの黒い瞳が一斉にこちらを向く。
メアリーは深呼吸をしてハルラムの手を強く握り返すと、豪華絢爛な玉座に向かって、高いヒールの靴を鳴らした。
◇
「美味しいですわ~。」
「本当においしそうに食べるね。」
代わる代わる行われる挨拶の隙間に、メアリーは連邦の名物料理を食べ進めている。最初は、先ほどの気まずさを誤魔化そうと手を伸ばしたのだが、さすが大陸の穀物地帯としてラウスト王国と1、2を争うほどの連邦は食事がおいしくて手を止められない。
隣に座るハルラムは対照的に、ワインと乾燥させた果実しか口にしていない。こんなおいしい食事の前でも、王位継承者は気を張り詰めなければいけないとは大変だ。
メアリーは哀れに思って、自分のフォークで食べかけの料理を刺し、横から突き出すと、それは彼の口に触れた。とっさに口を開いたハルラムは驚いた表情をした後、口元を押さえて首を振る。
「毒見はしましたよ。」
「そういうことじゃない。」
物言いたげな濃紺の瞳がこちらを見やる。何かに気づいたメアリーは、手を叩いて小声でささやく。
「『結婚する予定の2人』なら恥ずかしいことではないかと?」
「メアリー王女、君って人は……。」
ぼそぼそと一人つぶやき、赤面を隠すように、ハルラムは両手で顔を覆う。メアリーが覗き込むと、彼は自分の頬を軽く叩いていつもの凛々しい顔に戻っていた。
「そういえば、妹たちはコルセットが苦しくて、夜会中は何も食べられないと言っていたけど、王女が食べたものはどこに入っているのかな?」
「エカ、アイシャ、ラクシュミーがそれぞれお薦めしてくれた料理なのです。苦しくても食べられますわ。」
メアリーは主な挨拶も終えてほっとし、胃も満たされたからか、指を振って機嫌よく答える。
「……ああ、さっき挨拶に来ていた王妃教育を受けている令嬢か。」
ハルラムは会場内に散らばる彼女たちを一瞥すると、興味なさげにつぶやいた。メアリーは少し身を引いて、眉を顰める。
「まさか、名前も覚えてらっしゃらないのですか?」
「ははは。このままメアリーが本当に嫁いでくれればいいのに。」
「ご冗談は止してください。」
誤魔化すための冗談と思ったメアリーは、気にせずフォークを進める。
「見てよ、メアリー。あっちに人だかりができているけど、何だろうね。」
ハルラムの指さした方向を見てみると、何やら奥の音楽隊のあたりで、男性たちが隊の一人に執拗に話しかけている。こちらまでその声は聞こえてこないが、周りにいる人々ははらはらしているようなに見える。
「こちらに挨拶にやってくる貴族たちがまばらになっていたのは、このせいでしょうか。」
メアリーがそう返し終わる前に、目立つ衣装を身に纏った男性が楽器を奪い取った。
「あいつ。」
ハルラムが珍しく荒い口調になったかと思うと、突然聞くに堪えないトロンボーンの音が会場内にびりびりと響く。窓は揺れ、ある人は耳を抑え、その場に座り込む若い女性までいた。まるで、楽器を嗜まない人間が力任せに息を吹き込んだようだ。騒動に気が付いていなかった人たちも、先ほどの音で一斉に振り返る。
小さなさざめきの中、人波が割れる。視線の先には、メアリーの隣に座わる彼に引けを取らないほど豪奢な衣装を身に纏った男性がこちらに歩み寄ってきた。どこかハルラムと似たような雰囲気を持っているが、彼よりもその瞳は強く、燃え滾るような意志を感じる。その後ろには小柄な女性がこちらをちらちらと伺いながら隠れてついてくる。
先ほどの騒動の渦中にいたであろう数人の男性が不安そうな表情をしながら、少し距離を取りつつ、そぞろについてきた。
白い民族衣装を着た男性は、その豪奢な衣装の袖とともに勢いよくこぶしを突き上げる。一瞬の静寂の後、その声が会場中に響く。
「メアリー王女、あなたを断罪する。」
「……え⁉」
その男性の一言に、メアリーはフォークから一口のケーキをぽとりと落とした。




