30 王子のお戯れ①
シリル兄上からの一報を受け、聖女サラは後ろ髪を引かれながらも、急ぎラウスト王国へ帰国していった。だが、メアリーはカヴァリア連邦からまだ動けずにいた。
それは彼女と一緒にサスティーナ地方に向かったところで自分は役に立たないし、そもそも急ぐ彼女に馬車を貸してしまったのだ。
あの一報から数日たったが、サラはもとより、ラウスト王国内も対応に追われているのか、王女を迎えにすらやってこない。このままずっと連邦にお世話になるわけにもいかないと、メアリーはハルラムに国へ帰るための援助を願い出ようとした。
従者を通して面会を申し出ると、彼は二つ返事で執務室に招き入れてくれた。
ハルラムは絨毯のような重厚で派手な椅子にゆったりと腰かけている。調度品はどこも宝石や金であしらわれ、彼の前にある普通の執務机だけが異彩を放っていた。
大人が一人寝転がれそうな広さの机上には、ハルラムの肩幅ほどのスペースだけを残して書類が山のように並んでいる。彼はペンを走らせながら、メアリーの依頼内容を聞く。一通り説明し終わった後、ペンを置いた彼は黒い手袋の袂を口に引っかけて外し、
「メアリー王女ならいくらでも王宮に滞在してかまわないし、馬車だって何台でも貸してあげるけど。」
とにこやかにほほえむ。
「本当ですか!」
メアリーは思わずその執務机に手を付き、身を乗り出す。その衝撃に書類の一部が雪崩を起こす。
「落ち着いて、メアリー王女。先ほどの申し出に偽りはないけれど、貴国と連邦との国境はすでに閉鎖されてしまったよ。」
「ええ、国境を?どうしてですか。」
「第一報ではうちに隣接するサスティーナ地方の被害は災害状況は正確かわからない。被害が甚大であれば、貴国から逃げてきた人がうちの領地の作物を奪う可能性もある。被災地では感染症が流行ることもあるし持ち込まれては困るんだよ。」
ハルラムは為政者らしく鋭い目をした後、ふっと目を細めて、幼子をあやすかのようにこちらを見る。正直、そこまでは思い至らなかった。
「思慮が浅くて申し訳ありません。」
「まあ、メアリー王女一人なら王族特権で通してあげてもいいけど。」
彼の言葉に、メアリーは俯いた顔を上げる。
「でも、今被害のあった地域に王女様が行ったところで何ができるのかな。」
「それは……。」
「あはは、ごめんね。いたいけなメアリー王女をいじめたかった訳じゃないんだけど。」
図星を突かれて何も言えなくなる。ハルラムは椅子を引いて、机の端を撫でながらこちらに近づくと、メアリーの顔を覗き込んできた。
「怒った?ごめんね。でも、私は君に有益な提案もできるよ。」
「どういうことですか。」
メアリーは小首をかしげて、ハルラムを見つめ返す。
彼は手を取り、まるで騎士のようにかしずく。煌めく瞳がこちらの目を射抜いた。彫の深い顔にある薄い唇を開くと、
「私と結婚しませんか。」
そう言ってハルラムは柔らかな笑みを浮かべた。
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