29 突然の知らせ
メアリーは朝からハルラムと2人、連邦議会や連邦一の塔、博物館を巡る。どれも素晴らしいものばかりであり、博識の彼から講義を受けつつ、知らない異国の知識を得るのは予想以上に楽しい。
だが、案内する彼の距離は近く、密着とも言えるその距離にメアリーは戸惑ってしまう。さすがに固辞しようとしたのだが、
「連邦では女性をエスコートする際にはこれくらい当たり前ですよ。」
とハルラムに言われてしまえば、それ以上何も言えなくなる。
いらぬ緊張感でへとへとになったメアリーが最終目的地である大学を訪れるころには、意図せずも彼にしなだれかかるように見えたかもしれない。
ここでは、サラたちと合流する予定になっている。
「きゃあ、ハルラム様よ!」
「隣にいる令嬢は誰かしら。」
「とても親し気にされて、もしかして婚約者だったりして。」
「あり得ないわよ、あんなの幼すぎるわ。」
一歩建物に足を踏み入れた途端、女学生たちがざわめきだす。
「やあ、みんな、元気にしているね。」
彼が手を振り返すと、さらに黄色い声が上がる。こちらまで聞こえるほどの大きな物音がしたので、倒れこむ女性もいたのかもしれない。
「大学にも女学生が多いのですね。」
ラウスト王国にも大学はあるが、1代限りの領主代行を務める予定か、特別勉学に秀でた女性くらいしか通っていないと耳にしたことがある。メアリーは周りの様子を見て、疑問を持ったのだ。
「私はラウスト王国の大学を訪問したことがあるけれども、確かに男子学生ばかりだったね。」
ハルラムは会話を続けながら、まだ手を振り続けている。群がってきた生徒の中には女性だけでなく男性の姿も見えるから、見た目の美しさだけではなく、信望も厚いのだろう。
「うちでは、優秀な女性が希望すれば大学で学べますよ。」
「それは素晴らしいですわね。」
メアリーは彼に手を引かれながら、さざ波をかき分けてサラたちとの待ち合わせ場所まで進む。予定していた時間には何とか間に合いそうだと、人込みを気にせず彼女はずんずんと歩く。
そんな彼女は、影から2人をじっと見ている男性がいたことに全く気が付いていなかった。
◇ ◇ ◇
「最高だったわ~。」
王宮についたサラはソファに沈みながら、頭にタオルをかけて、人に見せられないほどの蕩けた顔をしている。今日一日ラフル王弟殿下に付きっきりでエスコートしてもらったであろうサラは、夕食の時ですらどこか夢見心地で、会話にならなかったほどだ。
カヴァリア連邦で有名な桃のシャーベットを口にして、湯上りの火照った体を冷ますころにやっと落ち着いてきたのだ。メアリーはその様子に呆れながら彼女に会話を振る。
「そういえば、ラフル殿下ってどんな研究をされているの?」
「カヴァリル連邦もラウスト王国と同じで農耕地帯が多いじゃない?その関係もあって、彼は気候や天気の研究しているらしいわ。」
メアリーにはあまり関心がない話題だが、サラは淀みなく説明をしてくれる。いつまでも止まらない彼女を止めようと、メアリーは口を挟む。
「意外と真面目に聞いていたのね。てっきり彼にエスコートされたいがために興味のあるふりをしていたのかと。」
「失礼ね。好きな人の好きなものには多少興味あるわよ。」
それもそうか。エル様が好きと言えば、全く分からない軍略の話をされても長時間聞いていられそうだ。メアリーの場合はエルドレンの顔が拝めればよいが。
オレンジの砂糖漬けが入った紅茶もすっかり冷めて、いつの間にか柑橘の香りもしなくなってしまった。
そろそろ、ランプを消して眠ろうかと言う頃、背後からドンという大きな音が聞こえる。開かれた部屋の
ドアから息を切らした男が入ってきた。
彼はその髪に水滴を垂らし、上衣は崩れたままだ。王女の前に現れるにはふさわしくないその姿に、ただならぬ事情を読み取ったメアリーは咎めることはしない。
「シリル殿下、から、早馬、での、連絡……です。」
「ありがとう。」
息も絶えそうな彼へと恐る恐る手を伸ばしたが、寸でのところで男の手は引っ込まれる。
「いえ、それが聖女さまにと。」
2人は顔を見合わせる。受け取ったサラはところどころ濡れた手紙を、破れないようにゆっくりと開いた。彼女は大きな緑の瞳をさらに大きく見開く。
「……メアリー様、きてしまったわ。」
手紙を読んだサラは震える手で、メアリーにそれを差し出した。
『サスティーナ地方で災害あり。負傷者多数、農耕地帯にも多数被害あり、聖女サラは急ぎ来られたし。』




