26 観劇のあとで
エルドレンの長く続いた抱擁から解放されたメアリーは、追加の注文がある彼を待つ間、若い子女に人気のあるビーズのような商品を見せてもらっていた。イヴァナのガラス細工と組み合わせても可愛いかもしれない。
メアリーははっとした顔をして、メモにデザインをさらさらと描き始めると、店員にそれを渡す。
「私も追加で発注できないかしら。」
◇ ◇ ◇
「と言うわけで、これがエル様カラーに合わせたブレスレットです。」
メアリーはサファイアなど青い宝石やガラス玉を組み合わせ、プラチナで繋いだブレスレットをした腕を掲げる。陽に照らされたそれは、柔らかな光を透過させる。
「高そうね。」
正面に座り、ミルクティーをストローで啜るサラは、しげしげとそれを眺めた。
「あ、わかる?」
メアリーは大事そうにブレスレットを袖のレースの中に隠す。
今日は観劇のため、ラウスト王国の市街地まで来ており、観劇を終えた二人はカフェでお茶を楽しんでいた。
メアリーの舞台脚本をもとに上映されたミュージカル風の舞台は大盛況であり、依頼者のサラから、メアリーも一度見に来ないかと誘われたのだ。
「でも、メアリー様はそれを舞台に絡めて売るつもりなのよね。」
「そうなの。」
舞台の目的はラウスト国内の識字率の上昇であったらしいが、いつのまにかラウスト国外でも行われるまで拡大していた。そこでメアリーはここでグッズを発売すれば大きな収益が得られそうだと考えたのだ。というのも訳がある。
「実は、売り上げをジェフリーの研究の支援金に回したくて。」
メアリーは眉を下げて、恥ずかしそうに笑う。彼女が鉄道の開発を依頼したジェフリーは、王女であれば資金の問題はないだろうと考えていたようだが、国家事業でもない限りはポケットマネーから出すことになる。
シェレンディア皇帝からは支援を得られたが、雪の少ないラウスト王国では費用に対してその必要性が低いと判断され、父であるラウスト国王からは支援が引き出せずに、メアリーは策を講じることになったのだ。
「うーん、どうかしら。ただ、令嬢や貴婦人も結構観劇に来ているから高くても売れるかもよ。」
「一応平民向けは廉価版のガラス玉で作ろうと思っているわ。」
メアリーは試作品のブレスレットを取り出して、柔らかな布の上にそっと置く。サラは並べられたブレスレットを手に取ってはもとに戻す。
「推しカラーのブレスレットかー、いいんじゃない?脚本の礼もあるから、場所は手配してあげるわ。」
「ありがとう、サラ、助かるわ。」
メアリーが安心した様子で、片づけをしていると、サラが口を開く。
「今日の本題はそれじゃないでしょ。」
「よくわかったわね。話を聞きたいのは学院で聞いた話の続きよ。」
学院を訪れた後、急遽冬のシェレンディアに行くことになったメアリーは、なかなかサラから話を聞けずじまいになっていたが、先日彼女はこのゲームでは第2部はシェレンディア帝国が舞台になると言っていたのだ。
「あー、でも残念ながら第2部の内容はあんまり覚えていないのよね。」
「どうして?第3部の王弟が好みとか言っていたもの、そこまでは一通りプレイしてあるんでしょ?」
メアリーは食い下がる。
「いやいや、第3部に惹かれてゲームを始めたんだけど、第3部は第1部の途中にある追加エピソードって立ち位置だったから、別に第2部を一生懸命プレイする必要はなくて、」
「なるほど。」
「だから第3部をプレイするために、第1部でカヴァリア連邦を救おうと何度もやってたのよね。」
サラは追加注文していたパンケーキを受け取り、カトラリーに手を伸ばす。確かに、第3部という名前だが、これはリメイク版が出たときに追加されたコンテンツと以前彼女から聞いた。
彼女はその細い体に見合わずパクパクと食べ進めながら、思い出したかのようにつぶやく。
「ただ、シェレンディア帝国では革命が起きるから、それを止めるっていう趣旨だったのは記憶しているわ。」
「革命!?」
メアリーの声に周りの人々が振り向く。
「いや戦線を広げすぎて、税負担が重いとか、そういうことがきっかけだったはずだけど。」
注目を浴びすぎたため、サラは小声でメアリーにささやいた。
ラウスト王国も飢饉と戦争の回避の必要があるが、シェレンディア帝国もなかなかの難易度ではないか。そもそもシェレンディアに嫁ぐのも危険な気がしてきた。
「ええ~、エル様を婿には取れないしなぁ、どうしよう、サラ。」
「あ、話を聞いてもシェレンディア帝国に嫁ぐ気はあるんだ。」
サラは最後の1切れになったパンケーキを口にする。
「サラだって、カヴァリア連邦の王弟と婚約していて、いつか国は滅びるかもしれない。でも助けられるかも、って話なら飛び込んでみるでしょ?」
「まあ、前世の知識である程度予測できるならね。でも、メアリー様にとってシェレンディア帝国で起きることはほぼ現実じゃない。」
「ううう……。」
メアリーはくぐもった声を出す。
「最悪逃げてくればいいじゃない。よかったわね、そういう意味でも鉄道は役に立つわよ。」
「他人事だぁ……。」
合理的なサラの考えに、メアリーは打ちのめされたが、もうすぐ、そんなことも忘れて奔走することになろうとは彼女はまだ知らなかった。




