25 モレスティワ街歩き②
結局、手を変え品を変えても、エルドレンは絵画についてあれ以上の情報を話してくれなかった。メアリーはむくれながらも、宝石店に並ぶ星のかけら様な鉱石たちに心を奪われていた。
ここは、エルドレンがメアリーに贈った婚約の品も作らせた店であり、宝飾品を発注できるのは王族や高位の貴族に限られるなど特別な店なのだそうだ。
店主のマルグリットは、皺のある手で追加の宝石を並べつつ、しわがれた声でメアリーに声を掛けた。
「今日は婚姻の際のティアラに使う宝石を選定されたいと聞いておりますが、お嬢さんのお眼鏡にかなうものはありますかね。」
「えっ?」
その内容にメアリーが思わずエルドレンの方を振り返る。
「シェレンディアの貴族の間では婚姻の証にティアラを贈るのが一般的なんだ。婚姻して初めてメアリーに贈るプレゼントになるし、時間をかけて君に似合うものを渡したいと思うのは当然だろう?」
ソファに肘を起き、頬杖をついてこちらを見つめるエルドレンは恥ずかしげもなく言い放った。メアリーは桃色の大きな瞳をさらに大きく開く。
婚姻の準備ですか、本当に婚姻してくれるんですか。そんな興奮気味のメアリーは鼻が膨らみそうになるのを、両手で隠した。動揺を悟られないよう、メアリーは宝石に注目しているふりをする。
ふと、深い青みのある宝石が目に入った。光の加減によっては少し紫がかって見える。
「これ、綺麗だわ。」
「タンザナイトですか。」
マルグリットはメアリーの視線の先にある宝石に気づき、納得したように頷いた。
「皇太子の瞳の色と非常によく似ている宝石を選ばれるとは、愛されてるね、エル坊。」
「その言い方はよしてくれと言っているだろう。」
エルドレンは気恥ずかしそうに頭を掻き、メアリーは頬が熱くなるのを感じる。
「私、これにするわ。」
「ふふふ、じゃあ書類を持って来ますよ。」
そういうと、マルグリットは店の奥に消えて行く。
2人っきりになったエルドレンとメアリーが並んでお茶を啜る音が響く。
先に口を開いたのは彼だった。
「ラウスト王国では婚姻の際に指輪を贈るのが主流なんだってね。」
「ええ。」
確かに、ラウスト王国以外にも、大陸の多くの国々では指輪を贈ることが多く、自分も婚姻の際には指輪を贈られるものだと考えていた。
エルドレンは首をかしげるメアリーに説明する。
「シェレンディアでは寒い地域が多いから、大陸中心部ほど指輪は主流にならなかったんだ。今は他の素材もあるけど、昔は金属の指輪しかなかったから、凍傷になる恐れがあったんだと思う。」
「この寒さを考えれば、そうかもしれませんわね。」
「メアリーは指輪じゃないのは残念?」
「少し憧れはありますが、ティアラも素敵だと思いますわ。」
「そうか。」
エルドレンは何かを考える様に、顎に手を置いて考えるそぶりをする。
その時、室内を隔てるカーテンを開く音と共に、マルグリットがお盆に書類を載せて現れた。
彼女は慣れた手つきで書類を並べ、反対側から重要な箇所にチェックを入れて説明をしてくれる。
「一応こんなところだね。じゃあここにお嬢さんのサインを。」
最後にコツコツとその長い爪で書類を叩き、メアリーにペンを取るように促した。
「本当にサインをしなければなりませんか。」
メアリーは膝に置いた手を握りしめたまま、動かそうとしない。
「何かご不満ならエル坊に言うといいよ。もっと高価な宝石がいいとかね。」
「いえ、これ以上の宝石はないかと。」
マルグリットの逞しい商売魂が見えるその笑顔に、メアリーは首を振る。
「メアリー、もっと宝石が欲しいなら好きに言ってくれたらいいんだよ。ティアラが2個でも3個でも欲しいなら作らせるよ?」
「そりゃいいね、うちの宝石店も儲かるよ。」
エルドレンは真剣な眼差しでメアリーを見つめるが、マルグリットはこちらの事情を察したのか冗談めいた口調で話す。
押し黙っていたメアリーも、エルドレンとマルグリットに見つめられて、意を決して筆を取った。時間をかけて書かれたサインは、ペン先がにじんだせいで妙に太い部分があり、どことなくカクカクしている印象を受ける。
覗き込んだ2人が見たサインは、お世辞にも綺麗な字とは言えないだろう。
「……もしかして、手紙の返事が短かったのってこのせい?」
エルドレンが閃いたようにメアリーに尋ねる。
「やっぱり、私の文字は汚いですよね。練習したんです、本当なんです、信じてください。」
シェレンディアの文字は大陸間の他の国家と大きく違っており、筆記体に至っては医者がカルテに書いた文字だと言われるほどだ。メアリーは読むのはいいが、滑らかに書けないのだ。
「侍女に代筆させることもできるのに?」
「エル様宛のお手紙は自分で書きたかったんです。」
メアリーは床の模様を見つめながら、エルドレンにそう返した。
彼の疑問は真っ当なものだが、メアリーとしては、推しに対してそんなことはしたくなかったのである。
「お熱いねえ。」
マルグリットはシワだらけの目尻にさらに皺を増やしながら、微笑ましそうに2人を見守る。
「そうか、なんだ、よかったよ。私のことが嫌いで手紙を送ってこないのかと。」
胸に手を当てて、俯き加減になったエルドレンは銀糸を揺らす。
「そんな、そんな、むしろ逆ですわ。」
「え。」
エルドレンはメアリーの言葉に人形のように美しいその相好を崩し、マルグリットが見ているのもはばからずメアリーを抱き寄せた。




