24 モレスティア街歩き①
「メアリーお待たせ。」
メアリーが広い玄関に飾られた絵画を見上げていると、エルドレンに声を掛けられる。知らないうちに彼は隣に来ていたようだ。
漆黒のローブを身にまとった彼は、その透き通った肌を際立たせる。胸にある勲章はまだ揺れており、重なってしゃらしゃらとした音を奏でる。ローブの先から覗く彼の手を見ると、洗練された彼には似つかわしくない、もこもこした毛皮の帽子を携えていた。
「私はこの寒さに慣れっこだけど、メアリーが寒くて震えるといけないからね。」
エルドレンはメアリーの髪をひと撫ですると、慈愛に満ちた表情を浮かべ、頭に帽子をかぶせてくれた。
「さあ出かけるよ。何か気になる?」
エルドレンはなおも絵画に未練があるメアリーの様子に首をかしげながら、その手を差し出した。
「ううん、なんでもないの。」
メアリーはエルドレンに手を取られながらも、その視線はまだ絵画に残したまま、慣れないブーツで踏み出した。
◇ ◇ ◇
メアリーはありとあらゆる防寒着を身にまとい、エルドレンと街の中心部まで出かけていた。冬の軍服をスマートに着こなすエルドレンとは対照的に、毛皮に守られるメアリーの姿はまるで着ぐるみのようだ。
それでも、馬車から降りて1分も経たないというのに、吹きすさぶ風はメアリーの頬を赤く染める。
いくら首謀者が捕まったとは言え、誘拐の件もあり王宮に引きこもっておくべきなのだろうが、エルドレンは自分が警護できるからと、メアリーを街まで連れだしてくれたのだ。
「イヴァナで渡したお菓子を気に入ってくれたんだって?」
「エイダから聞かれたのですか?美味しくて、一気に半分も食べてしまったの。」
メアリーが会話を楽しんでいると、エルドレンが目の前に現れた店を指さす。
「ここは近頃、特に人気の菓子店でね。個室を抑えたから寄っていこうか。」
確かにこの寒い中行列ができている。二人は裏口に回り、メアリーは彼に支えられながら2階までゆっくりと上る。
階段の途中には額に入れたサインのようなものや、表彰状のようなものが飾られている。
「うちの母もこの店を気に入っていてね。王室御用達なんだよ。ほら、ここにサインが。」
エルドレンが指さしたのは、階段を上がったところにある皇后様のサインだった。
先日の商人から珍しい品を買ったり、街の子女に人気の菓子店を愛するなど、シェレンディアの皇后様は新しいもの好きのように思える。その見た目も相まってお堅い方というイメージがあったが、メアリーはちょっと親近感が沸いてしまう。
廊下の突き当りにある用意された部屋に入ると、一気に暖かさに包まれた。暖炉がごうごうと音を立てて燃えて、その上に乗せられたポットから薄っすら湯気が立ち昇る。
その奥にある大きな出窓からは先ほど通ってきた街並みが見えた。
「窓が大きいので寒いのですが、景色はとっても良いのですよ。」
メイドが声を掛けながら、着席したメアリーの前に温かい紅茶と菓子を並べる。メアリーはカップを手に一口啜ると、喉を伝う温かさが芯まで冷えた体に染み渡る。かじかんだ指先からもそのぬくもりが感じられた。
「これがお菓子?ちいさな雪玉みたい。」
メアリーが紅茶の横にある菓子を1つつまんで、目の前にかざしながら、ぱちぱちと瞬きをする。菓子は真っ白で丸い形をしていた。
「そうだよ。一口食べてごらん。」
エルドレンがその白い塊を2、3個一気に口に入れたかと思うと、おいしそうに頬張る。それにつられたメアリーは恐る恐るそれを齧った。
「うっ、酸っぱい!」
「ふふふ、かわいいなメアリーは。」
エルドレンはメアリーが目を閉じ、口をすぼめて悶えている姿を楽しそうに眺めている。メアリーは彼から差し出された紅茶をごくごく飲み干して、齧った残りの菓子を見やる。中には真っ赤なベリーのようなものが顔を出していた。
「エル様、私にいたずらしたの?」
「ごめん、そんなつもりはなかったのだけど。」
エルドレンはなお楽しそうで、口元を抑えながらくつくつと笑う。メアリーは頬を膨らませてちょっとむすっとする。
「じゃあ、こちらの令嬢は酸っぱいものがお好きなのかしら?」
「いやいや。これは中にクランベリーを砂糖漬けにしたものが入っていて、周りが砂糖でコーティングされているんだ。酸っぱいのが苦手なら、齧らずにそのまま口の中で転がすように食べるとおいしいよ。」
「本当に?」
メアリーが疑いの眼差しでエルドレンに向けると、彼はそれを証明するかのようにもう一口菓子を口に入れた。
「ほらね。」
エルドレンはちろりと舌を出して、丸々とした赤い実を載せている。彼がそれを飲み込むと、一つつまんでメアリーに差し出してきた。
「はい、メアリー、あーん。」
うれしいシチュエーションだが、いたずらされるのはちょっといただけないわとメアリーは口を引き結ぶ。
「メアリーは強情だなぁ。そんなところもかわいいけれど。」
エルドレンは砂糖菓子でメアリーの口元をノックし、サファイアのようなその瞳を真っすぐに向ける。
「メアリー、お口を開けて?」
その甘い声に観念したメアリーがゆっくり口を開くと、コロンと口の中に転がってくる。一気に砂糖の強い甘さが広がるが、ベリーの酸っぱさがそれを中和して、さっぱりとした味わいになる。
「おいしいでしょ?齧ってカリっとした食感を楽しむのもいいけど、こっちも悪くないね。」
エルドレンは最後の一つを口にしているようだ。メアリーはベリーを口の中でころころと転がしながら、道中で浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば、玄関に飾られていた絵画は皇帝一家を描いたものですよね。」
「そうだね。」
エルドレンは先ほどまでと一変して、ぶっきらぼうに答える。メアリーはその様子を不思議に思いながらも話を続ける。
「お膝に抱えられているのがイシュタル様ですから、皇帝陛下の隣に立っていた小さい男の子がエル様ですよね。私、そのエル様をどこかで見たことがある気がするの。」
「どうかな。」
エルドレンは細長い指先で砂糖を一つつまむと、珍しく紅茶に加えている。
「そんなことより、この後に訪問する宝石店の話をしておかないとね。」
砂糖入りのものは飲みなれないのか、エルドレンはいつまでもティースプーンでくるくるとかき混ぜ続けている。何か知られたくない事実があるのだろうか、メアリーには彼が答えをはぐらかしたように見えた。




