27 金策に走る王女
メアリーが考えたブレスレットは売れなかった、それはなぜか。この世界にはまだ推しカラーという概念が浸透していなかったのだ。
そのため、ブレスレットの発注費用と鉄道開発の支援金で圧迫されたメアリーの手元は苦しい状況に陥っていた。
前世でも、イベントに行っては、ホテル無料!新幹線無料!と散財して、翌月に回されたクレカ決済のせいで、もやし生活になったっけ。
でも、王女の生活は使用人たちの雇用を生み出す側面もあるから、そんな生活をするわけにはいかないし、そんな小さなことで賄える金額ではない。
「それで私に泣きついてきたって訳ね。」
フィストラル王国のシエナ・ド・ラ・フィストラル王妃は微笑みながらもどこか呆れた様子でメアリーを見つめる。羽のついた豪華な室内帽に、洗練されたドレスから覗かせる手、白磁を思わせる細い首元は数えられないほどに散りばめられた宝石で彩られている。
そんな彼女の膝に抱えられた幼い王子はまだ言葉が分からないのか、赤子特有のくりくりとしたおめめで珍しそうにメアリーを凝視する。
「伯母様だけが頼りの綱なのですわ。」
メアリーは眉を下げて、母の姉であるシエナ王妃の目を見つめる。彼女の力を頼るために、フィストラル王国まで遠路はるばるやってきたのだ。
「……まあ、私を頼ったのは正解ね。」
シエナ王妃は溜息をつくも、扇子で口元を隠しながら、優しいその目じりを下げた。
ここフィストラル王国は大陸で最も歴史ある国であり、国力については第一線を退いた後も、芸術文化や流行の発信地として今なお人々から羨望を向けられる国である。
その国妃が身に着けている品ともなれば、国内外の貴族が注目し、ひいては平民まで憧れるものになる。それを狙ってメアリーは彼女を訪ねたのだ。
「シエナ伯母様にこちらを着けていただきたくて。」
メアリーはおずおずとブレスレットを差し出すと、シエナ王妃はそれを3本指で摘まむように持ち上げる。
「ふーん、デザインは悪くはないわね。」
シエナ王妃はブレスレットを回して、模様を眺める。小さな王子はキラキラ光るそれを羨ましそうに手を伸ばして、掴もうとする。
「あらあら、ジル、それはいけないわ。」
彼女は息子にブレスレットを取られないよう手を高く上げると、右腕に身に着けた。ジルと呼ばれた赤子は楽しそうに母の腕輪を叩いたり、回したりと忙しそうだ。
そんな彼の髪を優しくなでながら、王妃はどこか遠くを見つめる。
「メアリーちゃんもご存じの通り、うちにはこの子しかいなくて。」
シエナ王妃はフィストラル国王の後妻にあたり、2人にはかなりの年齢差がある。若いおじいさんといっても差し支えない白い髭を蓄えた国王には前妻がいたが、彼女は長年子供を成せず、周囲の声に耐え切れず出奔したと聞いたことがあった。
フィストラル国は厳格な宗派であり、側妃を取ることも認めておらず、愛妾との子がいくらいても庶子のままだ。シエナ王妃もなかなか子を成せなかったが、昨年、待望の第一子が生まれたのだ。
「うちの子に何かあったらよろしくね、メアリーお姉さん。」
王妃は息子の腕を掴んで、メアリーに向けて手を振らせる。彼、メアリーにとって従弟にあたるジルは、きゃっきゃと声を上げて笑う。
「はい。」
メアリーはこくこくと頷く。王妃は口に弧を描きながら、菓子を口にする。
「でもメアリーちゃん、私に頼りっきりではいけないわよ。」
「もちろんです。ランダム商法を取ろうかと思いまして。」
「ランダム商法?」
王妃は疑問を口にしつつ、腕の中のジルに菓子を与えている。
ランダム商法は、グッズをたくさん購入する人が多くなり、売り上げが増える。売れ行きに応じて各グッズの生産数を調整する必要もなければ、売れ残りを防ぐことができるメリットも大きい。
前世のいち消費者としては憎き売り出し方ではあるのだが、商売としては優秀なシステムである。どうか今回限りにするので許してもらいたい。
「面白いこと考えるじゃない。楽しみにしているわね。」
メアリーの説明を聞いた王妃は閉じた扇子をこちらに向けて、品のある笑みを湛える。
ジルは立ち去ろうとするメアリーのドレスに手を伸ばす。人差し指を差し出すと、ぎゅっと小さな手が握り返して、ちっとも放そうとしなかった。




