21 誘拐②
「痛てててて……。」
絨毯で簀巻きにされ運ばれてきたメアリーは、そこから解放された後も体の痛みを感じていた。体を伸ばしてやりたいが、腕と足にはロープが巻かれたままで身動きが取れない。
メアリーと同じ部屋にいる見張りは一人、白いローブのせいでその顔は伺えないが、体格から男性だとわかる。
床に伸びた月明りの先を見上げると、空気孔のような隙間があるから、おそらくここは半地下のような場所だろう。
そして、メアリーの口は塞がれていないことからわかるように、ここは叫んだとしても助けを呼ばれる心配はない場所だと推測できる。予想通り、耳を澄ましても、葉が擦れる音や何かが枯れ葉を踏みつける音が聞こえるだけで、雑踏には程遠い。
メアリーの下には絨毯が敷かれているものの、長時間正座のような格好で座らされていたため、石畳の床の冷たさがだんだんと伝わってくる。
何か情報はないか。連れ去った彼らは何者で、目的は何なのだろうか。王国の人間、帝国の人間か、はたまたどちらでもないか。金か、権力か、巻き込まれただけか。王女である故に、幾通りもの可能性が浮かぶ。
メアリーは必死に目の前の状況を整理し、何か打開する方法がないか頭を悩ませていた。
トントン、トントントン、トン、トン、トントン
変わったリズムでノックされる音が聞こえた。
『ああ、お前か。』
見張りは鍵を開けてドアを開くと、中に入ってきた大きな体格の男に声を掛けた。この部屋の前室には明かりが灯されているようで、急に差し込んだ光に目がチカチカしてしまう。
『族長は3番街の飲み屋まで無事に移動できた。』
声を掛けられた男も同じ白いローブを被っていて先ほどの男と区別がつきにくいが、声から若い男性のようだとわかる。
ドアは開け放たれたまま、彼らは会話を続けており、メアリーは足のロープさえ何とかできれば、このまま逃げ出せるのではとの考えがよぎった。だが、光に目が慣れてきたメアリーの瞳に写ったのは、彼らの脇にある小刀のようなものだった。
(そんな上手くはいかないか。)
メアリーは心の中で溜息をついた。非力な少女では成人男性2人の相手などできない。相手の目的が分からない以上、逃げれば命がないかもしれない。
浮かしていた腰を再び下ろしたとき、メアリーはふと何かに気づいた。
(小刀の柄の文様、大陸中央では見ないものね。それに彼らの手…!)
メアリーは白いローブの先から覗く、彼らの親指を注視する。
(やっぱりそうだわ!)
二人とも親指の下に大きなにできものがあるのだ。
◇
イヴァナでの滞在中、エルドレンが朝食を取りながら語っていた。
『今回メアリーを連れ去ったのが弟の近衛兵だったから良かったものの、推測で大人しく連れていかれるのはよくない。例えば、私の腹いせに婚約者を狙う遊牧民だったらどうする。』
『まあ、エル様が遊牧民をイヴァナまで取り逃がすはずなどあり得ませんわ。』
『それはそうだが。』
『じゃあ、どんな人でしたら逃げた方がよいのかしら。』
『遊牧民なら羊を誘導するための道具を早く振動させるから、上手い人ほど親指に大きなタコがあるんだ。そこを見るといい。』
◇
そんな記憶がふっと蘇る。そうだ、彼らはきっとエル様と敵対している遊牧民に違いない。
『爆弾の仕掛けは順調か。』
見張り達が話す言葉はシェレンディア語ではなかったが、メアリーはチートな能力で聞き取れてしまう。今、間違いなく爆弾と聞こえた。
『ああ。4つ目は難儀したが、中心部と街をつなぐ橋のたもとにな。あと1時間もすれば首都は混乱状態になる。』
「えっ。」
二人の男は声を出したメアリーを見るとお互いに顔を見合わせた。しまった、メアリーは慌てて口を押えるがもう遅い。
『この女、ラウスト王国の王女様と聞いていたはずだが、まさか俺たちの言葉がわかるのか。』
『そんな訳ないだろ、心配しすぎだ。』
『だよな、シェレンディア語すらあまりわかってなさそうだったもんな。』
どうやら、彼らは昼間の商人達のようで、商談中にメアリーがあまり言葉を話さなかったことから、シェレンディア語すら不自由だと推察したようだ。正直助かった。
『もうすぐここから出ていく。王女も連れて行くから準備しておけよ。』
『ああ。』
『俺は上で作業をしてくるから、10分後に出立だ。』
そういって部屋のドアは閉められて、再び真っ暗な世界に逆戻りになる。
メアリーが暗闇に目が慣れてきたころ、足音を立て、見張りの男が近づいてきた。
「さあ、お嬢ちゃん一緒に来てもらおうか。」
男に体を引き寄せられ、彼はメアリーに目隠しを掛けようとする。
メアリーが犯人の正体や事件の場所が分かっても、ゲーム主人公のようなひらめきもなく、見張りを凌駕する圧倒的な力もない。
せめて、エル様に伝えられれば――。
その時だった。上階から大きな物音が聞こえたかと思うと、ドアが蹴破られる衝撃とともに光が差し込んできた。
眩しさに目を細めたメアリーが瞼を開いた時には、見張りの男は壁に突っ伏しており、正面には人が立っていた。逆光で顔は見えないものの、見慣れた銀糸が光に照らされていた。
「エル様!」
メアリーは泣き声をあげながら、駆け寄ってきたエルドレンに前に倒れるようにして抱き着こうとしたが、彼の固い手で押し返されてしまった。
「ご、ごめんなさい。」
感極まったのはメアリーだけだったのか。
「違う。抱きたいのはやまやまなんだが、その、ちょっと服が汚れていて。」
そう言ったエルドレンの顔を見ようと面を上げると、その頬には返り血のような飛沫が飛んでいる。目をそらす彼からはためらう様子が見て取れた。
「いいの、今は抱きしめて。」
メアリーはその目と鼻を赤くしながら、泣き顔を見られないようにと彼の体に埋めた。




