16 王立学院①
「どこに行けばいいのよ。」
メアリーは迷路のような廊下で立ちすくんでいた。
鉄道の件について、サラが学院にいい人がいるから紹介するわ、と王立学院で待ち合わせをすることになったのだが、時間になっても彼女は迎えに来なかった。
サラのクラスメイトだと言う女子生徒つてで、彼女から『生徒会の活動が遅れており、カフェテリアで待っていてほしい』との連絡があった。
その女子生徒は忙しそうにしていたにも関わらず、カフェテリアまでの案内を申し出てくれたが、メアリーは学院に通う兄に案内されて中に足を踏み入れたことはあったので、申し出を断ってしまったのだ。その結果が迷子メアリーの誕生である。
「兄上は外遊に出かけて学院を欠席されているし、誰も頼れないのよね。」
メアリーは深い溜息をついた。授業は終わっている時間のようで、外からはスポーツや剣技に勤しむ勇ましい声が聞こえてくるが、学院内は静けさに包まれていた。
どこまでも続く廊下をひたひたと音を立てながら歩く。
「待ってくれ!」
階段の横を通り過ぎようとしたところで、声変わりした若い男性の声が上から降ってくる。メアリーがあたりを見渡すと、踊り場から彫の深い、舞台俳優のような美しい顔がこちらを覗いていた。黒髪に、濃紺の瞳の光彩は宝石が散りばめられたようだ。
「驚かせてすまない。」
そういいながら彼はその衣を揺らして近づいてくる。学院のガウンの上から肩に掛けられた艶やかな細長い布は、刺繍と縫い付けられた細かな宝飾により豪華に見える。まるで、民族衣装のような身なりから、彼の身分を察したメアリーはドレスの裾をつまんで軽いカーテシーをした。
「失礼、カヴァリア連邦第一王子、ハルラム・カヴァリアだ。」
「初めまして、ラウスト王国第一王女、メアリー・フォン・ラウストですわ。」
ハルラムはメアリーの言葉を聞いた途端、すっと悲しそうな表情をした。
「初めましてだなんて、そんな他人行儀なことを。」
「あら、それは失礼いたしましたわ。公式の場ではお会いしたことはなかったと記憶していたのですが。」
大陸の王族は10歳頃より社交界に出ることが多く、12歳のメアリーは初めて会う王族もまだ多い。ハルラムは学院に留学してくるまでの数年間、体調を崩しがちであった父の代わりに連邦内で政務を行っていたはずだ。しかし、ハルラムは首を振っている。
「確かに公式の場ではお会いしたことはありません。ですが、6年前にカヴァリア連邦とシェレンディア帝国の和解のためにこちらの国で調印式が行われたことは覚えていますか。」
「なんとなくですが。」
「あなたは当時まだ6歳でしたっけ。それなら仕方ありませんね。」
ハルラムにとっては10歳頃の記憶となるので、よく覚えているようだ。
「あなたとその兄上であるシリル殿下、シェレンディアの皇太子二人と私の兄弟たちで、調印式が終わるのを待つ間、王宮内でかくれんぼをして遊んだ仲だったのですよ。」
「そうだったのですね、記憶がなくて申し訳ありませんわ。」
「騒ぎがあったというのに、当の本人は記憶がないとは面白いですね。」
ハルラムの口は弧を描きながら、その宝石のような瞳でメアリーを覗き込んでくる。思わず、その深い色に吸い込まれそうになってしまう。
「いやいや、それにしてもこんな美しいご令嬢になるとは。シェレンディアの皇太子も先見の明がありましたね。」
メアリーはハルラムの話についていけずにいるが、彼はその饒舌な口で言葉を紡ぐ。
「実は私、ここ数年忙しくしておりまして、この歳ですが婚約者がまだいないのです、もし、シェレンディアの皇太子のことが怖くなったら、カヴァリア連邦に嫁いでください。」
「まさか。怖くはありませんよ。」
「6年前の騒動を知ったとしても?」
「え?」
「あの日あなたは小箱に―」
メアリーがその言葉の続きに固唾をのんでいる時だった。
「こんなところにいたの!」
遠くから駆け寄る足音とともに、慣れ親しんだサラの声が聞こえる。
「あら、お話し中失礼いたしましたわ。」
廊下の影でハルラムの姿が見えていなかったサラは、王子の姿を見たとたん、急に淑女らしい振る舞いになる。
「お友達かな。」
ハルラムはちらりとサラを見ると、その深みのあるテノールボイスで声を掛けた。
「はい、サラ・デュメルと申します。お噂はかねがね聞いておりますわ。」
「ふふ、ありがとう。私はもうすぐ留学を終えて帰るのだけど、よかったらメアリー王女とうちの国に遊びにおいで。」
「是非、ありがとうございます。」
緑の瞳をキラキラとさせながらサラが返事をする。それを聞いたハルラムは不敵な笑みを浮かべたかと思うと、二人を振り返ることなく手を振りながら立ち去って行った。




