15 聖女のお導き
王宮に戻ったメアリーは意外にも忙しい日々を送っていた。2作目の小説とサラから依頼された舞台脚本の制作を同時進行で進めていたからだ。コミケもない世界で、私はなぜ締め切りに追われているのだろうか。
ちなみに2作目はシリル兄上がモチーフだ。いとこのリリーもそうだが、第一王子である兄上は国内の令嬢からの人気が高い。平民の子女にも受けが良さそうとのことで選ばれた。
サラは、平民にも文字を普及させるために、各地の教会に簡単な読み書きを教える学校を作ったは良いが、興味をもつ平民が少なく苦戦していた。
そこで、文字が読めなくても理解できる娯楽として、メアリーにミュージカル風の舞台脚本を書いてほしいと依頼してきたのだ。これを足掛かりにして、文字を学びたいと思わせたいらしい。
ゲーム主人公になったサラが発案したことだから、文字の普及もシナリオの大団円に一役買うのであろうが、メアリーも無条件で引き受けたわけではない。
イヴァナに滞在していた折、エルドレンから『東部はなかなか外から人が来てくれなくて悲しいよ。』、『小さい頃は家族でも遊びに来た思い出の地でもあるから、いろんな人に来てもらえるといいのだけど。』と言う話を聞いており、推しのためにも一肌脱ぐかと、シェレンディア東部を舞台にする条件で引き受けたのだ。
「メアリー、シリル殿下はこの時点ではフィストラル王国語は習得されていませんわ。」
「ちょっとリリー様、そこは恋愛小説だから事実よりも楽しんで読めるかが重要よ。」
「なるほど、勉強になりますわ。」
さすがに一人では手が足りないので、サラとリリーが仮原稿の校閲をしてくれている。今回はシリル殿下モチーフの小説とあって、どこからか話を聞きつけたリリーが名乗りを上げてくれたのだ。
最初は元平民という立場のサラと公爵令嬢のリリーには壁があるように感じたが、メアリーがいない間に仲良くなったようだ。メアリーは紅茶を啜りながら、そんな二人を微笑ましく見守る。
「あら、メアリー先生、筆が止まってるわよ。」
サラは一息ついていたメアリーを目ざとく見つけると、丸テーブルの端をコツコツと叩く。
「きっとメアリーはイヴァナから戻ってから時間が経って、エルドレン様ロスなのよ。」
隣に座っていたリリーがウインクをして、視線を送ってくる。
「そうなのよ。鉄道でもあればシェレンディアにすぐ行って会いに行けるのに。」
メアリーはペンを置いて、テーブルに肘をついた。前世を知っていると、この世界の連絡速度や移動時間の長さはなかなかつらいところがある。
「鉄道?新しい小説に使う造語なのかしら。」
リリーはこの世界にない単語でも都合よく解釈してくれるので、3人だけの時は、前世の知識や単語が飛び出してしまうことがある。
「うーん、とっても早い馬車みたいな。すぐに思い人に会えるって素敵じゃない?」
「小説には知らない要素があるのも、世界が広がって素敵ね。」
リリーは納得したように、うんうんと頷いた。
◇ ◇ ◇
「そろそろお暇させていただくわ。」
何杯もお代わりした紅茶で三人がお腹いっぱいになった頃、メアリーは部屋の前で二人を見送ろうとしていた。
サラは急に立ち止まったかと思うと、何かを思い出したかのようにメアリーのもとに駆け寄ってくる。
「そうそうメアリー様、さっきの鉄道の件だけど―」
リリーはすでに西日が差した長い廊下の先を進んでおり、この声はサラとメアリーにしか聞こえないだろう。
「なんでも自分でやろうとするものではないわ、この世界の人々を利用してやればいいのよ。」
サラは柔らかな陽のひかりを浴びて、その姿はまるで天使のようにも思えたが、その顔には聖女らしからぬ笑みを浮かべていた。




