14 帰途の船②
メアリーは紅茶を一口含み、相対した彼を見やる。彼は緑がかった髪を軽く結び、グレーの瞳をこちらに向けている。まだ、目元は赤いものの、少しは落ち着きを取り戻したようだ。
メアリーが部屋に戻ってからも泣き続けていた彼、ジェフリー・モアメアからなんとか聞き出した話をまとめると、船賃がなく、貨物を運ぶ使用人に扮して船内に潜り込み、部屋がないので非常用ロープの収納庫で一晩すごしていたということだった。
しかも、出会い頭に急に話し出したのは、メアリーが王女であると気づいたからではない。彼がスタンプラリーの判が置かれた近くの戸棚に隠れていたせいで、少し前から人の声や近くの戸棚を開ける音が聞こえ、もうすぐ捕まってしまうと観念したからだとのことだった。
冷静に考えるとこんな幼い船員などいないし、仮にも貴族の端くれであれば王女の顔は覚えておいてほしい。
彼はほっとしたのか、メアリーの前で大きなおなかの音を鳴らした後、出された紅茶とお菓子を貪るように食べている。
「それで、どうして貴族の子息が無賃乗船なんてしようとしたのかしら?他国籍の船でそんなことをするなんて、見つけたのが私ではなかったら問題になっていたかもしれないのよ。」
メアリーは彼を刺激しないよう、諭すように話す。
「シェレンディア帝国で開催された機械工作の催しに参加したかっただけなんです。」
ジェフリーは少し口を尖らせた。
「それなら勉学のためなのではなくて?男爵家なのだから、正当な理由があれば旅費も出してもらえるわ。あなたは学院の特待生だと話していたもの、喜んで送り出してくれるはずよ。」
「いえ、モアメア男爵家は貧乏貴族なのです。それも浪費癖のある父と兄たちのせいで。」
メアリーは押し黙った。正直なところ、王家は主に上位貴族と関わることが多く、下位貴族の内情までは把握できていなかった。メアリーはシルクで作られた上等なドレスをぎゅっと強く握りしめた。
「最初は発明した機械の売り上げで、船賃は工面できる予定でした。けれど、それが飛ぶように売れたせいで、発明者が私だと家族にバレてしまって。」
ジェフリーはサンドイッチに延ばした手は止めずに、ポツリポツリと内情を語り始めた。
「折り合いの悪い父と長兄にほとんどのお金を巻き上げられてしまったのです。でも、それだけならまだよかった。三男だからと今まで私に見向きもしなかった彼らが、金になるからと私の学院卒業後には領地に閉じ込めようとしていることに比べれば。」
そのグレーの瞳は潤み、彼の薄汚れたパンツは小雨に降られたようになっていた。
「折角、開発局への仕官が決まっていたのになぁ。」
ジェフリーはどこかあきらめた様子で小さくつぶやく。彼の主張が真実だとしても、貴族社会とは難しいもので、卒業年度である彼を助けるにはあまりにも時間がなさすぎる。王族として生きてきたメアリーは嫌というほど知っている。
「きっと今年が最初で最後の参加になるから、こうするしかなかったのです。悪いことをしたということはわかっています。」
小腹が満たされてまともな思考になったのか、ジェフリーはメアリーを真っすぐに見つめる。
「あなたの境遇については、私が今すぐどうこうできる問題ではないわ。だけれど、あなたの事情も知らずに発言した非礼を詫びて、この場だけは助けて差し上げるわ。」
メアリーは彼にそう告げると、エイダに指示を出した。
◇ ◇ ◇
そこには、糊のきいたシャツとパンツに身を包んだジェフリーがいた。
メアリーがジェフリーにお金を渡して部屋を取らせようにも、彼が無断で船に乗り込んだことはバレてしまう。そうなれば、学院の特待生はおろか退学の可能性もあり、彼は行き詰ってしまうだろう。
それに、部屋に戻る際には比較的人の少ない通路を選んだのだが、12歳の子供に手を引かれて泣きじゃくる16歳の少年の姿は船内で目立つ。王女の使用人として紛れ込ませた方が、その光景にも一応の説明がつく。そういう理由で、ジェフリーはメアリー王女の使用人服を身にまとっていた。
さすがにメアリーの部屋に彼を寝かせるわけにもいかないので、ある使用人が急病にかかってしまい、相部屋の使用人の部屋が新たに必要になったと支配人に話し、用意してもらった。騙すようで気が引けるので、船主には急な対応へのお礼金をはずんでおくことも忘れない。
「本当にありがとうございました。」
シャワーを浴びて、メアリーの部屋まで戻ってきたジェフリーにこのことを説明すると、深々と頭を下げられる。シャワーで顔の汚れを落としてきたからか、顔の表情も晴れ晴れとしているように見えた。
その顔はどこかで見たことがある気がした。
「ということで、あと2日は私の使用人として働いてもらいますね。」
「もちろんです!」
声を張り上げたジェフリーに、メアリーも笑みをこぼす。よかったわ、王女として少しの助けができたのなら。
「さすがに冗談よ。」
丸い窓からは光が差し込み、影を作る。メアリーは口にお菓子を放り込むと、一仕事終えた後の余韻にふけっていた。




