13 帰途の船①
イヴァナでの楽しい時間はあっという間に過ぎた。詰所で仕事のあるエルドレンとは四六時中一緒に過ごすなんてことはできなかったが、朝食を共にし、新婚さんのように出立を見送り、一緒に夕食を食べる、そんな幸せな3日間だった。
馬車でイヴァナの北部にある港についた後、ラウスト王国までは残り2泊3日の船旅になる。行きは彼との会話の種になればと、本や新聞を読みふけり忙しくしていたメアリーであったが、帰り道はさしてすることもない。
エルドレンが抑えておいてくれた特一等の船室は、奥からキングサイズのベッドにフットベンチ、大きなクローゼットに応接セットもあり、子供たちと鬼ごっこをして過ごせそうなほどの広さがある。
いくつも取り付けられた丸い窓を通して、島々に囲われた穏やかな海を眺めれば、初日は楽しいかもしれないが、1日も経てば代わり映えしない景色に飽きが来る。
隣につながった使用人部屋から出てきたエイダが、お土産の菓子を手に現れて、てきぱきとティータイムの用意をしてくれる。
それはエルドレンが別れ際に、メアリーの旅路のお供にと手渡してくれたもので、イヴァナの名物菓子だと話していた。それは白く四角い見た目をしており、つまんで一かけらを口に含むと、ほろほろと崩れ、キャラメルのように甘さが口いっぱいに広がる。中には何かナッツが入っているようで、パリパリと小気味良い音がする。
乙女としてはカロリーが高そうで恐ろしいが、紅茶に合わせるとついつい手が進んでしまう。メアリーがお菓子を半分ほど食べてしまったところで、エイダが目の前に何か差し出してきた。
「こちらに参加されてみませんか。」
目がちかちかしそうな配色のパンフレットに、子供から大人向けまで参加できそうなイベントが記載されている。暇を持て余しているメアリーの様子に、エイダが気を利かせてくれたのだろう。彼女が指さしたのは簡単な謎解きをして、船内のチェックポイントで判をもらう、要はスタンプラリーのイベントだ。
メアリーはこのまま部屋にいても太ってしまいそうねと、その提案に乗ることにした。
◇ ◇ ◇
スタンプラリーの4つ目の問いに苦戦していたメアリーは、船内を上ったり下りたりとうろうろしていた。チートな能力で書かれている文字は読めるから、どうもシェレンディアの古典文学から引用されてらしいことはわかったが、その内容まで勉強の手が回っていない。
イベントスタッフに尋ねればヒントを教えてくれるらしいが、今は急ぐ理由もないので自分の頭で考える。
「メアリー様、そろそろ休憩されませんか?」
「待って、あともう少しだと思うのよね。」
うなるメアリーを見かねたのかエイダが声を掛ける。だが、こういうものは一気にやらないとやる気を削がれてしまうような気がする。
「たぶん分かったわ!」
急にひらめいたメアリーがパタパタと駆け出すと、甲板に出る。ぬるい海風が体にまとわりついてきて、船がだんだんとラウスト王国に近づいていることを感じる。
周りを見渡すと、同じイベントの台紙を持つ令嬢や子息達の姿がちらほらと見えるから、この近くに正解があるという見立ては正しそうだ。小脇にある階段を数段降りると、用具置き場所のような小さなスペースがある。脇には無理やり引き出されたように乱雑におかれたロープが転がっている。
「えいっ。」
メアリーが目的の戸棚を思いっきり開くと、そこにあったのはスタンプラリーの判ではなく、猫のように体を歪ませ、窮屈なスペースに収まる少年の姿だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私はジェフリー・モアメア、ラウスト王国モアメア男爵家の三男、今はラウスト王立学院に通っています。魔が差しただけなんです。許してください。」
彼は一気にまくし立てるようにそう話すと、あとは謝罪の言葉を口にするばかりで、こちらの言葉に全く耳を貸さない。ここには人がいないが、甲板の上にはまだ人が残っていたはずだ。
事情はよく分からないが、許しを請うということは人に聞かれてはまずいこともあるかもしれない。メアリーはそのただならぬ様子に彼の手を取ると、泣きじゃくる彼に構わずその手を引いた。




