130 お小言
メアリーは月の光に照らされるウサギを撫でる夢を見た。枕が変わっても、どこでも寝られると自負しており、ほとんど夢など見ないので、現実かとも思ったが、流石にこんな高級ホテルには野ウサギは迷い込んでこないだろう。
メアリーは感触の残る両手を内側に向け、じっと見つめていた。
「おはようございます。メアリー様。よく眠れましたか。」
「おはよう、エイダ。珍しく夢は見たけどぐっすりよ。」
エイダが朝のお茶を差し出すので、メアリーはそれを両手で包むように受け取り、そっと口づける。
嗅いだことのない香りが鼻から抜けた。
「あら、このお茶は初めて飲むわ!さすがネイシタブ、きっと知らない国のお茶ね。」
メアリーはスパイスの強い、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込込んだ。
「昨日の詫びにと、アルス様からお気に入りのお茶を分けていただきまして。」
「詫び?」
メアリーが首を傾げると、エイダは何故か目線を一度上に向けた。
「ちなみに、昨晩の夢の内容をお伺いしても?」
「ふわふわの野ウサギがいたからずっと撫でていたの。ウサギの毛って本物はすごく柔らかいのだけれど、野生のウサギって思ったからか少し硬い感触だったわ。もちろん夢だから、それも幻なんでしょうけど。」
ふふふと笑いながら、ウサギを飼うのも良いかもしれないなどと続けるメアリーをよそに、エイダは小さく溜息を吐いた。
「なるほど。」
と彼女は静かに告げると、少々お待ちくださいとだけ言い残して、エルドレンの部屋に繋がる扉を開けて消えて行ってしまった。
メアリーが手元の紅茶を飲み終えた頃、再び扉がパタリと開く。
「ああ、エイダ—」
ベッドから少し身を乗り出し、そう口にしたメアリーの前に現れたのは侍女ではなく、エルドレンだった。
「おはよう、メアリー。」
メアリーが驚いて目をぱちくりさせていると、自ら朝食のワゴンを引いた彼と目が合う。
「ユーリが君の侍女からお説教されてるから、待ってる間に朝食でも一緒にどうかなって。」
そう言われて耳を澄ませてみると、まだ開けっ放しになっているであろうドアから、エイダがずっと何かを話す声が聞こえる。
「そうなの?なんだかごめんなさい。」
「いいや、本当は私とアルスがちょっと酔い過ぎたのがいけないんだけどね…」
エルドレンは言葉を尻すぼみにしながら、適当に2人分の朝食の皿を机に並べていく。
「あれ、もしかしてメアリーはまだお腹が空いてなかった?」
不慣れなのか、彼は袖口を少し汚しながらコーンスープを注ぐ。メアリーは黙ってそれをベッドの中から見るだけで、立ち上がろうともしなかった。
「いえ、そうではなく。目覚めてすぐにエイダが行ってしまったものだから、身支度もできていなくて。」
メアリーは毛布を引き上げて口元を隠す。
「そっか。今度から一緒の部屋で過ごすのだし、それくらい気にしないよ。」
まるで決定事項のようにエルドレンは飄々とのたまった。
「恥ずかしいと思ってくれているってことは、私のことがまだ気になっているってことだろう?」
何故か満足げに微笑む彼は、エイダが用意しかけていたお盆を見つけたようで、それをメアリーのベッドサイド横に置く。
「そのままでも十分に可愛いのだけど。」
そう言うと、エルドレンは手ぬぐいを軽く絞り、毛布を引き下げて、メアリーの頬にくっつけた。
「冷たい!」
「ああ、ごめん、メアリー。ここにお湯を足すのかな。侍女はやったことがないからわからなかったよ。」
エルドレンは暖める名目ができたとでも言うようにベッドサイドに遠慮なく腰掛ける。片手は腰を抱き、まるで2人身を寄せ合っているようだ。
頬に添えられたどこか骨ばった男らしい手と、あまりにも近すぎるサファイアのような瞳にメアリーは思わず逃げ出したくなった。だが、彼のその手は、それを許そうともしない。
「もう逃がさないよ。」
メアリーはその澄んだ美しい瞳に何も言葉が出ずにいると、まるで冗談だとでも言うようにエルドレンがふっと笑う。
「そんな驚いた顔しないでよ。さ、朝食を食べよう。」
彼の温かな手に導かれ、メアリーはエルドレンが引いてくれた椅子に腰掛ける。
白い布が掛けられた机の上にはパンだけでも10種類以上並ぶ。メアリーが数日前まで滞在していたホテルの朝食会場でも圧倒されていたが、ネイシタブ随一のホテルともなれば、もっと珍しい品を用意しているらしい。
「色々気になるのに、全ては食べられないわね。」
「じゃあ半分ずつにしようか。」
エルドレンはまるで侍従のように、だがあまりにも危なかっかしい手付きで、パンを半分に切っていく。歪に歪んだパンのうち、メアリーは小さい方を選んで口に運んでいく。
「まあ、これはお菓子みたいにふわふわのパンね。」「確かに美味しいけど、朝食にはちょっと不向きかな。」
「見て、これなんて小さな宝石が入っているみたい!」
「乾燥した果実が入っているんだね。」
どうやらネイシタブ王国に親戚のいるエルドレンにとってはさほど珍しくないようだ。
「黒パンは苦手?」
エルドレンは目ざとく、メアリーが最後まで手につけなかったパンに気がつく。
「いえ、こちらは食べたことがあるもの。」
それなら3番目に食べた白パンはラウスト王国では一般的なパンだろうと言われるかと思ったが、彼は『そうか』と小さく呟くだけでそれ以上は追求しない。
シェレンディア帝国では一般的な黒パンを後回しにしてしまったことに気付かれてしまったメアリーは、話題を変えようとする。
ここ1週間ほど体調不良でストックを切らしてしまったので3日ほどお休みします。
熱が治ったらまた投稿します(´v_v`)
38度なんて十数年ぶりです…。




