129 種明かし
「ひとつ種明かしをしようか。」
アルスはそう言って、ポケットから小さな黒い塊と先ほどルーレットの上をぐるぐる回っていて白い玉を取り出す。
「さっきの。」
「そう。メアリーちゃん、手を出してみて。」
メアリーが素直に従うと白い玉が手のひらに載せられる。それは手の上でコロコロと自由に動いていたが、アルスがメアリーの手の甲に重ね合わせるように手を差し出した途端、奇妙な直線運動を繰り返す。
「えっ!玉が生きてる!?」
「ははは。いいね、新鮮だよ。」
彼は笑いすぎて目尻の端に溜まった涙を拭くと、手に持っていた黒い塊を見せる。
「これが種だよ。」
そう言ってメアリーの手の上にかざすと、白い玉は重力を無視するかのように勢いよく黒い塊目掛けて飛んでいった。
「この磁石を使って、母は玉を操作してメアリーちゃんを弄んでいたというわけさ。」
「ベレッツァ様が?」
なるほど。そういう訳で、エルドレンもアルスも、ルーレットに真剣になるメアリーのことを笑っていたのか。
「僕たち兄弟、エルもそうだけど、小さい頃に母には散々遊ばれたよ。」
しょんぼりした表情のメアリーを哀れに思ったのか、アルスは同情の瞳をこちらに向ける。
「理由は分かりましたが、そんなことをしていたら賭場はイカサマし放題ではありませんか。」
「まあ多少はね。でも、ここは国営の賭場。民間の賭場がだんだんと閉鎖に追い込まれていったことを考えればいかにクリーンな経営かよくわかるよ。暴動とかないし。」
アルスの口から物騒な言葉が漏れるが、彼にとっては日常茶飯事なのか、淡々としている。
「そんなことよりさぁ、メアリーちゃん。じわじわとエルに囲まれて行っているけど大丈夫?本当に覚悟は決まっている?」
メアリーは首を傾げる。この3日間のデートの内、ほぼ2日が過ぎたが、ただただ街に出かけ、食事を摂り、彼の親戚に会っただけだ。
そう目の前の彼に告げると、エルがそんな単純なことするわけないでしょ、と否定されてしまった。
「エルの愛しの姫君に、僕になんで引き合わせたと思う?」
「アルス様がご親戚だからではないのですか?」
彼の独特の言い回しをそのまま流しつつ、メアリーは素直に返答する。
「それは不正解だね。エルは親戚ですら、歳の近い男に普通は引き合わせないよ。」
そんなこともなさそうだけど。メアリーはエルドレンの普段の様子を思い浮かべつつ、彼の言葉は腑に落ちないでいた。
「それならベレッツァ様にご挨拶しようと思われて、思いがけずアルス様にお会いした、とかでしょうか?」
「残念ながら、彼の用事は僕にあるんだよね。」
それだって、シェレンディアに留学していた旧友のような彼に会いたかっただけではないのだろうか。メアリーはアルスの言いたいことも、エルドレンの目的も何ひとつ理解できないままでいた。
「僕の仕事って何か知っている?」
メアリーは首を横に振る。一応、各国の王族や皇族の名前は把握していても、個人の事まで把握はしていなかった。
「商業に関する船の出入り。それに港に不審な物、人の動きがないかの見張り。一番忙しいところだね。」
流石、第1皇子、この国で花形の仕事を任されているらしい。
「期待されているのですね。」
「別に自慢じゃなくてさ。」
彼は口の端を上げる。
「頭は第3王子の方がいいんだけど、僕がこの仕事を請われたのには理由があってね。」
「理由?」
アルスはすっとメアリーに顔を近づけた。
「僕ね、一度人の顔を見ると忘れないんだ。」
彼は瞼1つ、眉1つ動かさず、メアリーをじっと凝視した。喧騒から遠く離れた2人の周りでは、裏方をせわしなく通る人々の足音だけが響く。
「一度、私、誘拐されたことがあるから、エルは心配してくれているのかもしれませんね。将来、私がアルス様ご迷惑をお掛けすることがなければ良いのですが。」
メアリーは気恥ずかし気に頭を押さえ、白状する。それを聞いたアルスは口を一度閉じてから、その柔らかな髪をグシャリと片手で掴む。
「あー、君そういうタイプか。うん。エルと上手くやっていけそうだね。」
思考を放棄したアルスは、作ったような笑みを浮かべる。そんな2人に聞きなれた足音が近づいてきた。
「おい、アル。また要らないことを言ってないだろうな。」
「どうかな。」
頬をエルドレンに引っ張られそうになった彼は済んでのところでそれを避けた。
「私がまた誘拐されても、アルス様が助けてくださるみたいです。」
「?……なるほど。」
なんだかよくわからないが、エルドレンは怖い顔でアルスを睨みつけ、対する彼も舌を出して挑発している。
「事実だろうよ。」
アルスが手を伸ばして更に挑発すると、エルドレンによって取り押さえられていた。
そこには地面と仲良くしている王子。赤い絨毯にアルスの薄いヘーゼルの髪がよく映える。
王子の側近たちも慣れっこなのか、他国の皇子であるエルドレンにむちゃくちゃにされても、止めようともしない。
馬車を呼んできたユーリが再び戻ってくるまで、誰も仲裁することなく時間が過ぎていくのだった。




