127 玉遊び①
メアリーの両親とそう変わらない年齢だろうか。目の前の彼女が晒す腕は高貴な身分の淑女と思えないほど、体を鍛えていることが一目でわかった。
「昔からの習慣が抜けなくてね。」
彼女はメアリーの視線を捉え、自身の二の腕を撫でる。
「伯母様は嫁がれるまで、シェレンディア軍部の指揮を務めていてね。」
「ふふふ、そうなの。帰省した時には私がこの子を鍛え上げていたのよ。」
彼女が勢いよくエルドレンの背を叩くので、彼は顔をゆがめた。
「ですが、今日は筋肉の話は聞きたくありませんよ。」
「あら、エルはつれないわね。」
彼女は肩肘をついて、口を尖らせる。エルドレンはそれを無視して、メアリーに向き直った。
「こちらは、ベレッツァ・ネイシタブ第1王妃。私の父の姉にあたる。」
ベレッツァは目線を下げ、手を上げる。その様子にメアリーは慌ててカーテシーを取る。
「私はメアリー・フォン・ラウスト、ラウスト王国の第1王女です。」
「それだけ?」
ベレッツァは深い紫の瞳をメアリーに向ける。
「エルの婚約者でしょう?」
そう尋ねる彼女の瞳は雄弁だ。ベレッツァは単にこれまでの経緯を聞きたい訳ではない、ということは言われずともわかった。
「えっと。」
「何がご不満?この子、私が愛弟子みたいに鍛え込んだけど、まだ筋肉が足りないかしら。いや、足りないわよね。」
「メアリーはそういうのが好み?」
エルドレンはバシバシと背を叩き続けるベレッツァの手を引きはがして、尋ねてくる。なんだか彼が翻弄されている場面を見るのは新鮮だ。
「まあ冗談は置いておいて。ここはカジノなんだから、ちょっと遊んでいきなさいよ。」
彼女はフエルトが敷かれたように柔らかな緑のテーブルをトントンと軽く叩いた。メアリーはその指先をちらりと見てから、場にそぐわないはずの王妃の顔に目を合わせた。
「あの、そもそも王妃様がこんなところにいらっしゃるのでしょうか。」
ネイシタブ王国は商業で成り上がった国であり、こうした賭場も盛んであることは不思議ではない。国が認めていると言っても、王妃が日常的にこんな場所に顔を出しているとは考えづらい。
メアリーの声を無視して、ベレッツァはメアリーたちの対面に移動していく。
「赤か黒を選ぶだけ。これならわかるでしょ?」
彼女は引き出しから1つの球を取り出すと、ルーレットを回し始めた。どうやら、ベレッツァがディーラーと呼ばれる、場を回す役をするようだ。
「君の疑問は、まあ帰るまでにはわかるよ。」
急に隣に座った青年にメアリーは驚く。全くその足音に気が付かなかったので、その身を後ろに仰け反らせたメアリーの体は、横に座っていたエルドレンに支えられる。
「初めまして、メアリーちゃん。」
エルドレンは彼とメアリーとの隙間に手を差し入れ、それ以上その青年が近づかないように制止する。
「彼はアルス・ネイシタブ第1王子。下3人はまだカヴァリアに留学中だっけ?」
「そうそう。」
2人は顔見知りの様で会話を続ける。メアリーは不思議な体勢から身を立て直すと、その様子をずっと見ていたであろう紫の瞳と目が合う。
「で、メアリー。あなたは何を賭ける?」
「あ、また母上は若い子に絡んでいるんだ。やめなよ、苛立ちをそうやって発散させるのは。」
アルスは机をコツコツと叩く。
「でも、何も賭けないのは面白くないじゃない。」
「それはそうかもしれないけど。」
何事も経験は大事だろう。
「赤ならエルと、黒ならアルと婚姻するって言うのはどう?」
「え?」
メアリーが制止する間もなく、彼女の長い爪の先から白い球は離れ、盤上を回る。
「アルも良い男よ。この子だけは、うちの実家に留学させて、私の師匠に鍛えてもらったから、度胸も筋肉も申し分ないわ。」
アピールポイントが少しずれているような気もするが、ベレッツァに勝手に賭けの巻き込まれたアルスも嫌とも言わずに、メアリーにウインクを返す。
どこか軽薄な印象を受ける彼に対し、エルドレンは黙り込んでいると思ったら、いつの間にかお酒を呑んでいたようだ。
その間にルーレットで回る玉の勢いは少し弱まり、カン、カンと何度かぶつかる音がする。
黒の窪みに止まった。かと思えば、まだ勢いの残るその玉は跳ね飛ばされ、再度くるくると回る。




