126 夜の遊戯
メアリーの部屋に到着した医者は淡々とエルドレンに告げる。
「短期間の摂取ならそう心配いりませんよ。」
その医者はもう要は済んだとばかりに、2、3言付け足しては、取り出していた医療器具を鞄に戻す。メアリーが部屋を立ち去る彼の姿を目の端で捉えると、ユーリさんが金貨の入っているであろう袋を手渡していた。受け取った彼の手が重みでまるでたわんだように見えた。
どうやらエルドレンは功名な医者を呼び寄せてくれたようだが、結局はアンナの手紙に書いてあった通りの内容と変わらなかった。
「これで大手を振って、シェレンディアに嫁げるよ?何も心配はないでしょう?」
エルドレンはメアリーが浮かない顔をしていたのはこのせいだと睨んでいたようで、両手を広げつらつらと語る。
「でも、逃げ出した王女なんて。」
どうやらメアリーの一言で、彼女の気がかりはそこではないと気が付いた彼は、口の端を上げる。
「なんだそんなこと。外聞が悪いのは私の方だよ。」
エルドレンはユーリを呼びつけて、隣にある自分の部屋から書類を持ってこさせた。それは何社もの新聞が並んでいた。それぞれ他の言語で書かれているが、どれも内容は同じで、ラウスト王国の王女であるメアリーをシェレンディア帝国のエルドレン皇太子が婚姻を迫り、追い回しているというものだった。
「これ、流石にわざとですよね。」
一昨日のネイシタブで発行された朝刊で同様の内容を見た際は、何処かからその情報が漏れたり、事実を歪曲した報道がなされているだけかと思っていた。だが、世界的に、それも1面にそれが報じられるなんて、あまりにもどの国も平和過ぎるか、エルドレンが金を握らせてわざとそう報じさせたかしかあり得ない。
「そう、私が指示させたけど?」
エルドレンは肩をすくめる。
「私がそれでも婚姻を断るという心配はされなかったのですか?」
「そうだね。その場合はメアリーに嫌われるかもしれないから、なるべく避けたいんだけど。」
「?」
かみ合わない会話にメアリーは首を傾げ、エルドレンの背後に控えるユーリは肩をぴくりと震わせている。
「まあ、私のことは気にしないで。2時間後にここを出るから、エイダ、メアリーの準備を頼むよ。」
エルドレンはメアリーの亜麻色の髪をひと撫ですると、ベット横の椅子から腰を上げて隣の部屋に消えていった。
◇ ◇ ◇
「エルはこのような場所に慣れているの?」
メアリーは目が眩みそうなほど明るい光に目を細めながら、エルドレンの腕に抱き着く。ラウストにいれば、未婚の娘がそんなことをするなんて、とシリル兄上にこっぴどく怒られそうなものだ。だが、この形に落ち着いたのは邪な気持ちばかりではなく、金属のぶつかる音、人々の喧騒、遠くから聞こえる叫び声、そういったもので普段の距離で隣に並んでいても、全く会話にならなかったのだ。
「そうでもないよ。メアリーはカジノに来るのは初めて?」
メアリーは小さく首を縦に振る。
ビリヤード台のような広いテーブルに人々は集い、その対面に身なりの良いスーツを着た男性が立つ。そうした島がいくつも並び、机上に機械のようなものが並んでいると思えば、トランプを並べていたりと、その内容は様々だ。
「慣れないよね。」
まるで森から人里に降りて来た小動物のように、メアリーは落ち着きなくあたりを見渡す。エルドレンは、そんな様子を見て口元を押さえて笑っている。
「し、仕方ないじゃない。」
メアリーが頬を膨らませて、口を尖らせる。
そうしていると、メアリーは少しつんのめった。どうやら、彼が急に止まったようだ。
「すまない。ここみたいだ。」
エルドレンが重厚そうな扉を押し開けた。
彼に促されてメアリーはその中に足を踏み入れる。エルドレンが扉を閉めたからか、その部屋は一気に静かになる。
「あら、待っていたわよ。」
そこには目じりが少し上がった、金の髪を携えた女性がテーブルの向こうに座っていた。




