124 待ち合わせ
メアリーはロビー横の朝食会場で食事を摂る。もう新聞で晒されてしまったのだ。我慢するよりも、堂々とこの場を楽しんでも良いだろう。そんなメアリーをちらちらと見てくる宿泊客はいるものの、後ろに控える軍人2人が出す威圧感を無視して声をかける無謀な者はいない。
メアリーにとって、自分で選ぶ方式の朝食は初めての体験だ。ベーコンやソーセージ、とげとげしい果物に、紫がかった野菜などが並ぶ。一流ホテルではないと聞いていたが、貿易の中心である港が近いからか、一国の王女ですら見たことも食べたこともないものが目に付いた。
嬉しそうにプレートいっぱいに盛っていると、横で同じようにプレートに乗り切らないほど乗せているエイダと目が合う。普段は隣あって食べることもなければ、食事の時間を共にすることは少ない。彼女だって見たこともない食材を見れば、興味が湧くだろう。
護衛はエルドレンの部下たちがしてくれると言うし、この3日間はそれに甘えて、エイダと2人朝食を楽しむつもりでいたのだ。最後にヨーグルトを注いだ時には、もう2人ともお盆に置き場がないほどだった。
メアリーとエイダがキョロキョロと空いた椅子を探していると、背後から声がかかる。
「メアリー、こっちにおいでよ。」
そこにはにっこりと笑みを浮かべるエルドレンの姿があった。朝陽に照らされた銀の髪、角ばって骨のある手つきに陶器のような白い肌。まるで舞台から抜け出してきたような、彼が座るその一角だけが絵画から飛び出してきたように周りと一線を画している。
「どうしたの?」
メアリーがその姿に見とれ、立ち止まっていた。周りもその様子を聞いていたようで、まるで潮が引くかのように人が消え、道ができる。有無を言わさぬその青い瞳に従って、メアリーは彼の前に腰を下ろした。
「おはよう、メアリー。」
「エル、おはよう。こんなに朝早くにどうしたの?」
エルドレンもこのホテルに朝食を食べに来たのかと思えば、どうやらそうではないらしい。彼は既にどこかで朝食を済ませて来たのか、紅茶だけを嗜んでいた。
「メアリーはドレスは持っている?」
「いいえ、ほとんど持っていないわ。こちらで薄手のワンピースは買ったのだけれど。」
「なるほどね。」
エルドレンは顎に手を当てて、一瞬考え込むと、メモに何かをさらさらと書き連ね、後ろに控えていたユーリに手渡す。
「じゃあメアリー。今日はドレスを選びに行こうか。と言っても既製品になってしまうけれど。」
「王宮にでも向かうのですか?」
顔は割れているが、一応お忍びという体ならワンピースでも構わないだろう。それなのに、わざわざドレスを作らせるとは、何の用事があるというのだろうか。
「明日、伯母様に会いに行こうと思って。」
「伯母様、ですか?」
メアリーはそれ以上詳しくは聞かなかったが、身分の高い御仁の前では正装は必要だろう。
「ああ、固くならなくていいよ。正式な場ではなく、王宮でもないし、遊びに行くだけだから。」
「はあ。」
デートと言われたのに、親戚に会う用事とは。メアリーはちょっと口をすぼめてから、よくわからない黄緑と赤の野菜をひと齧りした。
「もしかしてがっかりした?」
「いえ、別に。」
その返答を聞いたエルドレンは、こちらを見透かすかのように目を細めて笑うので、メアリーは黙々と目の前のプレートに対峙するのだった。
◇
ちょっと朝食を食べ過ぎたかもしれない。メアリーは少し後悔しながら、コルセットをきつく締め付けられて、うめき声を上げそうになるのを必死で押さえていた。
エルドレンはドレスを買いに行くと言っていたのに、ドレスに防寒着、靴、宝石類、あれやこれやと山のように指示しては、メアリーで着せ替えを楽しんでいる。
5着目まではメアリーの意見を尋ねられれば答えていたものの、10着目を過ぎたあたりでエルドレンに全て任せることにしたのだ。
「よろしかったのですか?エルドレン様に一任するなどと言ってしまわれて。」
後ろに控えていたユーリさんが心配そう声をかける。彼の目線の先にいるエルドレンは、奥でドレスメーカーと話し込んでは、事細かに注文を付けているようだ。
「むしろあと2日のために、こんなに買わせるなんて気が引けるわ。」
「……慣れておいてください。」
かみ合わない会話を、メアリーは自分の疲れのせいにして切り上げる。ちょうど、仕切りのカーテンからエイダが現れたところだった。
「ああ、エイダ。何をしていたの?」
「私にも羽織ものを買っていただきまして。」
エイダはメアリーに見せようとその場をくるりと回る。やさしいオレンジ色のそれは暖かそうだが、この国の夏には少々不釣り合いにも思えた。
「素敵ね。すぐには着ることができないのが残念だけど。」
「そうですね。」
エイダは淡々と返事をする。すこしぶっきらぼうにも思えるその様子にメアリーは首を傾げた。その肩を大きな手に寄せられる。
「さ、帰ろうか。」
いつの間にかエルドレンの用事は済んでいたようで、至近距離で彼の青い瞳と目が合う。久しぶりの接近に少し狼狽えていると、
「慣れてもらわないと。」
とエルドレンは少し屈んで、額に軽いキスを落とした。
彼に腰を抱かれながら、メアリーは馬車へと乗り込む。朝の少し緊張感のある距離感はどこへやら、彼はもうメアリーを離すつもりがないらしい。
混乱していたメアリーは気が付かなかった。メアリーがこれまで滞在していたホテルとは反対方向に馬車が進んでいることに。エルドレンが『送っていくよ』ではなく、『帰ろうか』と言ったことに。




