123 朝刊
薬草の香りがほのかに漂う便箋がかさかさと音を立てる。
差し込んだ朝陽、湯気の立つ薫り高いアールグレイ、窓辺に飾られた小花は部屋に明るさをもたらすのに、手紙を読むメアリーの顔はどこか浮かない。
「ねえ、エイダ。」
メアリーの呼びかけに、侍女のエイダは固くなった面持ちを向ける。
「これ、誰から受け取ったの?」
エイダはその問いかけに応じない。廊下で人が通り過ぎる音が聞こえてくるほど、部屋は静寂に包まれていた。
「もしかして、誰かにここを話した?」
メアリーはその桃色の瞳を彼女に向け、シーツの裾を強く握りしめる。エイダには数秒のことが数分、数時間のように感じられた。
その時、古びた木の扉がキーっと音を立てる。
「彼女を責めないでくれるかな、メアリー?」
「えっ…、え?」
メアリーは急なエルドレンの登場にベッドの上を後ずさる。
どうしてネイシタブ王国にいるのか、私の居場所を知っているのか、勝手に部屋に入ってこれたのか、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、その細い唇からは何も紡ぐことができない。
エルドレンは胸ポケットから小箱を取り出す。
「これがメアリーの居場所を知らせてくれたんだ。」
箱が開かれずとも、メアリーにはそれが何かわかっていた。それは少し前に手放した、彼から贈られた花簪だ。
「手紙を送るお金を捻出をするために、これを売ったみたいだね。」
「あ、えと。ごめんなさい。」
メアリーには後ろめたさもあり、その視線をゆらゆらと地面に落とす。ネイシタブ王国からこの髪飾りが彼の情報網のどこかに流れ着き、芋づる式に自分の居場所がわかったのだろう。迂闊なことをしたし、本人にバレてしまうなんて失礼なことをしてしまった。
「謝ってほしいわけじゃないよ。これが私を導いてくれたのだから。」
エルドレンはどこか余裕のある笑みを浮かべる。本当はエイダの協力もあって、短時間でメアリーの居場所を知ることができたが、それは黙っている方が良いだろう。
話題を変えるかのように、彼はメアリーの目の前に新聞をばさりと置いた。
「これは?」
「逃げ惑う王女、シェレンディア王族の魔の手から逃げられるか?」
ネイシタブの新聞見出しをエルドレンは諳んじる。青い瞳の視線に従い、メアリーがそれを広げると、自分の人となりが書かれていた。
『王国の災害時には隣国から救援を取り付け、攻め入られそうになった時は憚らず自分を犠牲に王国を救い、スッツデール帝国皇帝から解放された今はシェレンディア皇太子に追いかけられている天使のような姫君』
……美化して書かれすぎではないだろうか。メアリーが首を傾げていると、紙面の端の写真が目に付く。そこには、シェレンディアの大学で撮られた、いつの日かの自分の姿が映っていた。
「ちょっとどういうことですか。情報が漏れすぎです。」
メアリーの横に控えていたエイダが声を荒げる。彼女の指の先を見ると、どうやら、滞在中の場所まで明らかになっていた。
エイダが身分が上のエルドレンに突っかかるのも無理ない。いくら優秀であろうと侍女1人で『王女様』の護衛はできない。今までは、どこかの令嬢として隠れていたから、お金は取られても命を狙われる心配はなかったのだが、今後はそうはいかない。
「うちの者が手を貸すよ。」
彼の目が細められる。
「それが狙いなのですね。」
メアリーが遠慮する余地もないほどに固められた布陣に、エイダは本当に彼に協力して良かったのか、少し不安になって来た。
「そうだ、明日からでいい、3日間デートしてくれないか。」
「え、ええ……。」
朝からのアンナからの手紙もかみ砕いている最中に、エルドレン本人までもがやってきて、混乱しっぱなしのメアリーは押し切られてしまう。
「じゃあ決まりだな。明日、迎えに来るよ、メアリー。」
そう言い残すとエルドレンは手を振り、颯爽と消え去ってしまう。その残光を追うかのように、メアリーは閉じた扉を見つめ続けていた。
「あの、メアリー様。大丈夫ですか。」
「エイダ、夢、じゃないわよね。」
「ええ。」
メアリーは虚空を見つめながら、頬を林檎のように赤く染める。そんな姿を見て、エイダはエルドレンに肩入れしたのは間違いではなかったと胸を撫でおろした。
それはもう1つ、彼女にはメアリーを騙す必要があったからだ。




