121 侍女の回顧録②
「うち以外にも5大公爵家のうち4家も娘を出しているのよ。」
アビゲイルは舞台側、手前、壁側と3か所を指さす。
どうやら、伯父が領主を務めるメスティアン公爵家の者だけがこの場にいないらしい。あながち父に語ったことも嘘ではなかったらしい。
「あなたも女ばかりのお家なのかしら。」
「私は5女です。」
エイダは周りの様子に気を取られながら、淡々と返事をした。
「あら、うちよりすごいわね。」
アビゲイルは私は3女よと返す。
「かわいそうに。婚約者が見つからなかったのかしら。」
「婚約者はいませんが、嫁ぎ先はありまして。」
エイダがそう言うと、アビゲイルがソーサーに置いたカップの音が響いた。
「侯爵家ならいいわよね、下位貴族に嫁いでも後ろ指さされないんだから。」
仲間かと思ったエイダに裏切られたと思ったのかアビゲイルは見下したような発言を堂々とする。だが、そのテーブルの令嬢は、彼女より身分が低いからか、それを聞いても皆押し黙ってしまっていた。
「それなのになんでここに来たのよ。」
「私はただ王宮で働いてみたかっただけですが。むしろそれ以外の理由があるのですか?」
前者はただ素直な気持ちを述べただけだが、後者に至ってはアビゲイルの目に余る行動に少し腹を立てていたからこそ出た言葉だった。アビゲイルは馬鹿にされたと思ったのか顔を真っ赤に染めている。
そんなことを言ったとて何も解決しないことはわかっていた。それに、だいたい王女様の侍女なんて、振る舞いや所作を見るという名目で集めたって、実際に選ばれるのは身分の良しあしが大きいだろう。エイダやこのテーブルで沈黙を続けている彼女たちにはきっと勝ち目はないのだ。
そこからそのテーブルはまるで周りの騒々しさからかけ離れたかのように、静かで、カトラリーが皿に触れる音が聞こえるかと思うほど静寂だった。
◇ ◇ ◇
あれから数か月。なんと、エイダは王宮で働き始めていた。
採用の知らせが届いた時は、冗談かと思った。だが、王宮に初めて出仕した際に、その理由を知ることになった。
「『王宮で働いてみたいだけ。』いいじゃない。メスティアン公爵家の姪であることを持ち出せば、下火のミリアム公爵家ぐらいは黙らせることもできたでしょうに。権力を笠に着ないところも気に入ったわ。」
王妃様の乳母もしていたという老齢の侍女、ジェンナはエイダを一目見てにこりと笑いかける。どうやら、身分が低い令嬢だと騙って、各テーブルの1人として潜り込んでいたようだ。そこにアビゲイル・ミリアムが並んでいないことを見れば、明らかだろう。
合格したのはあの日アビゲイルが指さしていたうちの公爵令嬢1名、他は顔も知らない令嬢1名だけだ。
彼女たちとともに、1年は研修も兼ねて、王宮の様々な部門を回ったり、武術を学んだり、足りない知識や語学の知識を詰め込んだ。
それからは3人で代わる代わる王女付き侍女として働いていた。しばらくはそんな日々が続いていたが、1年も過ぎた頃であっただろうか。実力主義のジェンナから才能を見出されて、エイダは10歳でありながら筆頭侍女候補としてメアリーの傍に仕えることとなった。
◇
その日は朝から王宮は慌ただしかった。シェレンディアの皇太子が来たかと思えば、カヴァリア連邦の王子たちが蜘蛛の子のようにたくさんやって来る。調印式が離宮で行われるとかで、主たる侍従や侍女はそちらに取られていたから、こちらはもともと手薄だったのだ。
そんな折に、服の裾を思いっきり引っ張られた。
「君がエイダ・サーランダル?」
美しい銀髪に澄んだ青い瞳を持つ少年に声をかけられる。彼はシェレンディア帝国の皇太子だ。エイダは走り出したメアリー様を追いかけたかったが、目の前の人間を無下にはできない。
「ちょっと僕とお話してほしいんだけど?」
エイダはそれに頷き返すと、ちょうど隣を通りがかった侍従に声をかけ、メアリーを追いかけるように指示を出す。
彼は慣れた様子で、エイダをひと気のない方へ、ひと気がない方へと誘導していく。ホールの喧騒が薄っすら聞こえる廊下に来て、やっとエルドレンは口を開いた。
「サーランダル家からメアリーの婚約と同時に領地に戻ってこいって言われているんだって?」
大して変わらぬ年齢の少年が、エイダと父の手紙の内容を把握していることに驚く。
「君は、折角侍女として実力が認められたのにもったいないと思わない?」
それは確かに否めない。やっと生まれた弟は、エイダと顔を合わせることは少なく、父や家庭教師に囲まれて別生活だった。それよりも、1年もそばで付きっ切りで過ごし、妹のようになついてくるメアリー様から離れがたく思っていた。
「何が仰りたいのです?」
「もし、メアリーと僕が婚姻するなら、君をシェレンディアの王宮のメアリー付きの侍女として引き抜くよ。」
エイダはピクリと反応する。目の前の少年は欲しいと思った言葉をくれる。
ただ気がかりなのは、エルドレンはメアリーとは今日初めて会うはずだ。ちょっと飛躍しすぎではないだろうか。
「それは大変嬉しいお言葉ですが……。」
少年の言葉に現実味を感じられず、エイダは通り一遍の言葉を返す。
「まあ、いいよ。今はそれで。」
エルドレンはひらひらと手を振って、エイダを置き去りにする。
「ユーリが事前にかき集めた、有象無象の情報も意外なところで役に立ったな。」
彼はぼそりと呟くと、ホールを覗き、メアリーが先に逃げたことを確認する。鬼ごっこをするかのように部屋の中を飛び回るカヴァリアの兄弟の1人を無理やり捕まえて、言伝を残す。
「さあ、どこまで隠れられるかな。」
その足音は絨毯に吸い込まれて、喧騒の中にいる従者も侍女も気が付くことができなかった。




