120 侍女の回顧録①
エイダがメアリーの侍女となったのは数々の巡り合わせによるものだった。
私、エイダ・サーランダルが生まれた時、父はひどく落胆したと聞いている。心無い父親と思われるかもしれないが、私が姉4人のいる5人目の娘としてサーランダル侯爵家に生まれたと言えば、当時の事情が分かるだろうか。
その後、弟が生まれた時の記憶が薄っすらあるが、母は子どもを産んだ喜びよりも、すごくほっとしたような表情をしていたのを思い出す。両親の夫婦仲は、姉妹たちが目を逸らしたくなるほど良好ではあったが、なかなか後継ぎを生むことができなかった母の気持ちは察するものがある。
見た目だけは父は若かったが、後継ぎが生まれたのは初老もとうに過ぎたころであり、領地経営、社交術、そうした貴族としてあるべき姿を後継ぎである弟に全て叩き込む時間が残されているとも思えなかったのだろう。
そういう訳で、父は侯爵家の安定的な地盤を固めるために、娘たちをふさわしき貴族たちに嫁がせていった。姉3人は既に嫁いでおり、王都に3人、相手は文官2人、軍人1人。4つ上の姉は、王の許可を得て、領地にほど近い隣国の貴族に嫁ぐ話が進んでいた。末娘である私も、幼き頃から、将来弟を支えられるように領地にほど近い、顔見知りの貴族に嫁がせようかと言われていた。
王宮は嫁入り前の花嫁修業の側面もあったから、長さは異なれど4人の姉たちは婚姻前には王宮に出仕していた。だが、エイダについては、侯爵家以下の縁談しか予定していなかったこと、王宮で働いて縁を作ったとて大して役に立たないと判断されたのか、領地に留まり、家庭教師から指導を受けるだけだった。
だが、そんな日々に転機が訪れる。
今年4歳を迎えられるメアリー王女様と歳の近い侍女を探しているというのだ。それまで、メアリー様は母君の乳母をされていた方が引き続き面倒を見ていたようだが、後進を育てたいとのことで、王女様と同じ年齢か少し歳上の女児たちを対象に声がかかったのだ。
女あまりの高位貴族の家ともなれば、姉たちよりも良縁を望むのは難しく、王女様の侍女は喉から手が出るほど欲しい立場らしい。そうした関係もあり、多くの有力貴族たちもこぞって娘を送り込む手はずを整えていた。
「私が?よろしいのですか?」
8歳のエイダは急に両親に呼び出され、緊張していた。そのため、先ほどの父の言葉も、自分の空耳かと思い、聞き返す。目の前の父は深く頷くものの、納得はしていないのか眉間の皺を深くする。カウチに横たわる母は何故か私にアイコンタクトを送ってきた。
「メスティアン公爵家から依頼があってな。どうも同格の公爵家が娘を出すのに、あそこはもう嫁いだ娘か赤子かしかいないので、遠縁であるエイダに白羽の矢が立ったのだ。公爵家の娘が出てくるような場らしいから、お前が選ばれるとは思えんが。」
父は深いため息を吐いた。
なるほど、おそらくその話は嘘で、母の差し金だろう。姉たちの出仕の話に目を輝かせていた私に、1度だけでも王宮での仕事に挑戦させてやりたかったということか。
両親の婚姻にはひと悶着あり、もともと婚約者が決まりかけていた母に一目ぼれした父が割り込んだという過去がある。だから今でも、父は母の実家に頭が上がらないらしい。
「わかりました。伯父様にもご迷惑をおかけしないような振る舞いを心がけて参ります。」
エイダはすでに侍女を選ぶ会場にいるかのように、美しい礼をとり退出する。
母は笑顔で手を振り、父はまだ機嫌が悪そうだ。それを気にすることなく、部屋を出たエイダはルンルンで廊下を進んでいくのだった。
◇ ◇ ◇
見たこともないほどの大きいホール、上に輝くは煌びやかなシャンデリア。
母と共にメスティアン公爵家がもつ王宮の邸宅で前泊することとなり、母の計らいで王都を見て回ったが領地にないものでいっぱいだった。
広い王宮の会場は、その贅が凝縮されている言っても過言ではなく、田舎娘であるエイダはテーブルや椅子に触れることさえためらってしまう。王女様のためとは言え、侍女を選ぶ会場がこんなに豪華なら他はどうなっているのだろう。エイダがキョロキョロと見回していると、周りの子女はテーブルに着席し始めていた。
あらいけない。そう思って急いで着席しようと、一番近くのテーブルに近づく。引かれた椅子に腰を下ろしたところで、横から声をかけられた。
「あなたはどなた?」
「ええと。」
エイダが言い淀むと、尋ねて来た女の子はキッと鋭い視線を向ける。高圧的な彼女はエイダと同い年くらいに見えるが、流行の最先端であるドレスに、代々引き継がれているであろう宝飾類を身に纏っていた。
「名前は?」
「エイダ・サーランダルですけれど。」
「……そう、侯爵家の子ね。私はアビゲイル・ミリアムよ。」
一応身分はお眼鏡に叶ったようで話は続けてくれるらしい。エイダの対面で子猫のように震えている令嬢はそうでなかったようで、一言も発さずに白いテーブルクロスを見つめていた。




