119 ー・ ・ー ・・・ ・・ ー ・ー ・・・ー ・
これ以上アンナを詰問したり、メアリーの知り合いと共にスッツデール帝国に滞在したところで意味がない。エルドレンはそう結論づけて、帰国することにした。
シェレンディア帝国に帰国して、しばらく経った頃、差出人不明の手紙が届く。さすがにそんなものは直接王宮に届けることは難しかったようで、軍部の支所を経由して、中身が改められてからエルドレンの手元にやっと届けられた。
そこには『勝手に立ち去ってごめんなさい。優しいエルドレンは世継ぎが望めなくても結婚を申し出てくれるかもしれないが、あなたの愛する家族や国に迷惑はかけたくない。ラウスト王国にも帰りません。私を探さず、よき皇妃となれる方と出会えることを祈っています。』と記載されていた。
名前は書かれていないが、これは紛れもなくメアリーの字だ。内容から言っても間違いないだろう。
エルドレンは2度ほどその文章に目を通した後、何かヒントはないかと封筒をめくったり、便箋を透かしたりする。だが、そういった類の秘密は何もないようだった。
ふと、便箋の縁取りに使われたスズランの美しい花模様が目に付く。メアリーに贈った花簪にもスズランの意匠を取り入れた。こんな柄を選ぶなんて、メアリーにも未練があるのだろうと察しがつく。せめて、直接会って話すことさえできれば、誤解も解けるのに。エルドレンは深いため息を吐いた。
ただ、その花模様がよくあるシンメトリーな配置ではなく、何かを描くように一定の規則性を持っていた。ここに何かが隠されている。そう気が付いたが、さっぱりわからない。
ずっと机の前で1人悩んでいると、いつの間にか夜が更けたようだ。少し伸びをして、すっかり冷めた紅茶を啜る。どうにもしがたい衝動をどこにもぶつけることすらできず、ただ、焦りだけが残る。ソーサに置いたカップが大きな音を立てた。
明朝にユーリがやって来た。彼は主人であるエルドレンを一目見るや否や、従者という立場にも関わらず思いっきり眉をひそめた。
「いつもより早いな。」
「寝てないんですね。」
ユーリは横目で皺ひとつないベッドを見た。
「ずっと手紙のことを考えていて。」
照れくさそうに笑う主人を見て、彼は苦笑いする。
「どうせ一晩中起きているならたまった仕事でもしてくださいよ。」
ユーリの視線は昨晩から変わらず積み上げあられた書類の山に移る。
「朝っぱらから嫌味を言いに来たのか。」
「こんな明朝からそんなことはしませんよ。」
エルドレンはどうだかと両手を上げる。ユーリなら仕事が溜まっていると理由をつけて、朝早くからたたき起こしに来ても不思議ではない。だが、メアリーのことで悩む主人を思いやるほどの情は流石に残っていたようだ。
彼はカップとポットの載ったお盆の横に、艶やかな布で包まれたものをトレーごと運ぶ。
「こちらを。」
その言葉に従ってエルドレンがそれを開くと、目の前には懐かしいものがあった。
「花簪か……。」
それは約1年前、花まつりの際に彼がメアリーに贈ったものだ。
「もうメアリーにはいらないと言うことか……。」
便箋のスズラン模様に少し気を良くしていたエルドレンは、その睫毛に影を落とした。
「それは違うかと。」
いつもならからかってくるはずのユーリが、いつになく真剣だ。
「この手紙、変わっているとは思いませんでしたか。」
「スズラン模様のことか。」
「いえ?」
むしろそちらの件はわからないようで、ユーリは首を傾げる。
「模様のことはわかりませんが、この手紙自体です。これは、差出人も不明、差出人住所、どこから発送されたかも不明な状態で送れるものなんです。」
「珍しいのか?」
「そりゃあ、皇族や高位貴族ならお抱えの配達係がいたりしますから、送ろうと思えばこうした手紙も可能でしょう。でも侍女1人しか付けずにどこかへ消えたメアリー様にそんなことをしてくれる人、いると思いますか。」
「それは、いないだろうな。」
エルドレンはそう言うと、新たに注がれた紅茶とともにクッキーに手をつける。
「ですから、これは民間のそうしたサービスを利用して送って来たんだと思うんです。」
「なるほど。それと簪を手放したことに何の関係が?」
「急かす男は嫌われますよ。」
ユーリはいつもの合いの手を欠かさない。エルドレンが眉根に皺を寄せることを日課としている男には慣れたものだろう。
「皇子にはわからないかもしれませんが、これはかなり高額なサービスなんです。距離にもよりますが、私の1か月分の給料なんて簡単に飛んでいくでしょうね。」
ユーリは従者とはいえ、第一皇子の筆頭従者だ。給料がかなりいいはずの彼がそういうほどとは。具体的な金額は不明だが、エルドレンはやっとメアリーの行動について腑に落ちた。
「なるほど、これを送るために花簪を売ったと。」
「そうです。」
ユーリは静かに首を縦に振る。
「なら、この花簪の出どころは?」
「ネイシタブ王国の模様です。既に何度か所有者が変わって、最初に買った人間まではわからずじまいでしたが。」
本来であれば、そこまで調査すべきではあるが、この短時間ではそこまで望むまい。
「もうしばらく時間をいただければ、詳細がわかるかもしれませんが……。」
ユーリは鼻に拳を当てるような仕草をして考え込んだ。主人のことを思えば、大まかな居所が分かった時点で向かわせるべきであろうが、皇子の従者としては第1皇子を闇雲に連れまわす訳にもいかない。出立すべき、まだ留まるべき、どちらを進言するか逡巡しているのだろう。
エルドレンは、花簪の出どころが海に近いネイシタブ王国だと聞いて、手紙から薄っすら潮の匂いがするようにすら思えた。彼は再度、便箋の模様に目を落とす。
「そうか、ネイシタブ…、ネイシタブ?」
ああ、そうか。そういうことか。スズラン模様を見ながら、エルドレンはあることに勘ずく。
「ユーリはラウルを呼べ。あとは新聞広告を依頼しろ。」
「まさかネイシタブ王国中を探すおつもりですか。」
信じられないという目でユーリがこちらを見る。こうなった主人を止められるとは思っていないが、流石に常軌を逸していると主張せずにはいられないようだ。
微笑みながら首を振り、おもむろに席を立つ。
「いや、居場所がわかったんだ。」
エルドレンはいつもからかってくるユーリの虚をつけて満足そうに、彼の肩を叩いた。




