118 すずらん模様②
そうして、エイダが不在のうちに、メアリーは2通の手紙を書き終える。彼女が買ってきてくれたすずらんの花はエルドレンが送ってくれた花簪にもその意匠があった。きっとそれを踏まえて選んでくれたのだろうに、その花簪を売ってしまうなんて皮肉なものだ。
金のインクで少し不思議な文様を描くすずらん模様にメアリーは目を引かれていた。この王国では貿易により海のもっと向こうの国からの文化も入ってきていると聞く。不可思議な模様もきっと、どこかはるか遠い国の何かの文様を参考にしているのだろう。
メアリーは最後の確認をして、蝋で封筒に蓋をする。集中していたためか、既に部屋の中が薄暗くなっていることにやっと気が付き、ランプに火を入れる。慣れないことに初日は苦戦していたが、数日もすれば少し慣れ、炭にしたマッチは数本で済んだ。初日に1箱空にしたことを思えば、立派な進歩だろう。
そうやって1歩ずつ慣れていくしかない。この道を選び、エイダまで巻き込んでしまったのだ。ここでの生活に泣き言は言わず、生きていくと決めたのだ。
そうして、窓の外をぼんやりと見つめているうちにエイダが帰って来た。
「予定より遅かったわね。」
メアリーが扉の音に振り向くと、エイダの片耳にあったはずの金のピアスが失くなっていた。
「遅くなって申し訳ありません。」
「ありがとうエイダ。お疲れ様。……あの、耳は。」
恐る恐るメアリーはそれを口にする。花簪の代金が足りなくて、エイダは片耳のピアスを売ってしまったのではないだろうか。メアリーは不安になりながら、エイダの言葉を待った。
「いえ、交渉をして、花簪は手紙を2通は問題なく送れる額を確保できました。ただ、何処かでピアスを落としてしまったようで。帰りの乗合馬車で気づいたので、引き返してももう盗られているでしょうからそのまま戻ってきました。」
メアリーはそれが、彼女の父からの唯一の贈り物だと知っていた。彼女は有名な侯爵家の一員であるが、5女であることもあり、伝統ある宝飾はほとんど引き継げていない。代わりに与えられたのがこのピアスだったのだ。
「そうだったの。」
「気に病まないでください。私はメアリー様にこの身を捧げると誓いましたから、家のことは気にしてませんので。」
「そう……。」
そうは言われても気が引けてしまう。花簪が高値で売れなかったとしても、メアリーがともについていっていれば、すぐに気が付いて引き返せたかもしれないのだ。
「何でしたら、もう片方も売ってしまいましょうか。」
考えが顔に出ていたようで、エイダが和ませようと冗談を言う。その朗らかな表情を見るに、当の本人は本当に気にしていないのであろう。
「いえ、流石にそれはだめよ。」
それでもメアリーはぶんぶんと首を振る。
「それなら、いつかメアリー様がピアスを贈ってくださいませんか。」
「そうね、そうさせてもらおうかしら。」
メアリーに笑顔が戻る。
「今度は美しいガラス細工のピアスとかも素敵ですね。」
エイダは宝飾品にあまり興味がなかったと記憶している。意外な申し出にメアリーは冗談の続きだと受け取った。
「あら、それは長くかかりそうね。」
精巧なガラス細工はシェレンディア帝国の十八番だ。その地から離れれば離れるほど、特定地域に限られる芸術品の値は吊り上がる。シェレンディアではそれなりの金額を出せば手に入れられるものも、メアリーですら、ここでは指をくわえてみているよりほかない。
「意外と早く手に入れられるかもしれませんよ。」
「?」
エイダの言葉にメアリーは首を傾げる。どこか確信したような彼女の表情に違和感を覚えつつも、少し遅めの夕食を取ろうと出かけることになり、メアリーはそんなことなど忘れてしまうのだった。




