116 揺れる思い
日も上った頃、一同は食堂に会していた。
エルドレンは今にもここを飛び出してメアリーを探し出したい気持ちに駆られていたが、居場所もわからぬ今、情報収取にあたるよりほかないと部下たちに諌められて、まだこの地に留まっていた。
メアリーから手紙はエルドレン以外にも、それぞれ渡されていた。メアリーがここを立ち去ったことを知るやいなや、何かヒントになればと送られた手紙を持ち寄ってきた。
「アンナは?」
サラはエルドレンの手元に集められた手紙を見て、1枚足りないことに気が付いたようだ。
「えっと。」
「何か個人的なことが書かれていて見せにくい?一部を隠してくれてもかまわないし、女性なら大丈夫な内容だったら、私が見て、彼に要点だけ伝えるのはどうかしら?」
エルドレンも横で頷いている。
しかし、アンナはその手元の手紙を差し出すことなく、ほろほろと涙をこぼし始めた。
「えっと。皆つらいのは同じよ。メアリー様は明るい子だから急にいなくなると寂しいわよね。」
そうじゃない。サラはまるでわかったような口を聞き、アンナの背中に手を回す。布越しの温かみが嫌に優しく感じられ、却って責められている気分になる。
ああ、王女様の周りってこんな子たちしかいないのか。純粋で真っすぐな感情を向けられて、アンナは何も言えなくなり、ただただ床に敷かれた絨毯の模様を無意味に見つめた。
「大方メアリーの出奔にあなたが絡んでいるんでしょ?」
意外なその声にふと顔を上げると、窓際にいたステラテアの鋭い視線がアンナを射抜く。
「のほほんとした王女は腹が立つことがあったんでしょ。わかるわよ。でもね、メアリー様はあなたが支配され続けているところを救った恩人でもあるのよ。恩を仇で返すような真似はやめたらどう?」
「まあまあステラテアも落ち着いて。」
こんな場面でもポリーは構わずふよふよとステラテアの周りで浮いている。
「落ち着いてられないわよ。だって、私もあの子に試すような行為をした。だけれども、あの子は私と会わせたい人がいるからってそんな私でも嫌な顔せずに、居城に招き入れたのよ。」
ステラテアはカヴァリア連邦での断罪の場面にあった燦然と輝くシャンデリア、カフェでのテラス席に飾られた小さな花、ポリーと出会ったこの城。まるで走馬灯のように一気に思い出す。
「いろいろな思惑はあるにせよ、あの子はちょっとしたことでは怒ったり、泣き叫んだりしない。このひととの婚約を捨ててでも、自分の国を守るために抗うことなくスッツデール帝国の無慈悲な皇帝に嫁ぐことに決めた女よ!」
やり玉に挙がった2人の男は居所が悪そうな顔をする。
「そんな彼女が居場所も告げずに消えてしまうなんてよっぽどのことなのよ!」
ステラテアはかつての贖罪を晴らしたいかのように、顔を真っ赤にして力説する。
「本当にごめんなさい。冗談のつもりだったんです。」
「冗談!?」
ステラテアは信じられないという目で、言葉を吐き捨てる。
「私には眩しすぎたんです。世継ぎが望めなくてもそばにいてほしいという婚約者、何かあっても王宮に居場所もある。毒を盛られても障害も残らず、子どもだって将来的には産めるでしょう。私にはないものを持っていない彼女が羨ましかった。」
崩れ落ちそうになるアンナをサラが支える。
「もう二度と近づきません。だけど、メアリー様に誤解だけは解きたいんです。」
「生ぬるい考えだな。」
エルドレンは冷たく吐き捨てる。
「妹が大変申し訳ありません。」
アンドルーの後ろに控えていたキリアンが口を挟む。エルドレンにアンドルーが目くばせをしてくるが、部下の発言を許して欲しいようだ。
「何か言いたいことがあるんだろう。続けろ。」
そんなエルドレンの一言にキリアンは少し前に進み出る。
「エルドレン様はご存じないかもしれませんが、アンナは子どもが為せません。困窮する家のために役立つこともできず、その弱みと薬師の技術のためにマシュベリーに目をつけられました。そして、つい先日まで十数年以上に渡って利用され、兄である私にも迷惑をかけた負い目もあります。」
キリアンは淡々と続ける。
「名前だけの下位貴族と王女様。嫉妬して良い対象ではありません。ですが、アンナの適切な対処でメアリー様は障害もなく、回復されました。どうかそこは汲んでいただきたい。」
王女様が行方不明になったなればもちろん一大事だ。だが、その原因を作ったとは言え、誘拐もしていないアンナの命まで取るのは道理に合わない。だが、シェレンディア王族の愛しの姫君に対する想いは尋常でないことを、キリアンはよく理解しているのだろう。
一方のアンナはそこまでよく理解していなかったようで、先ほどの兄の発言を聞いて初めて、とんでもない人間に喧嘩を吹っ掛けてしまったことに気が付いたようだ。
最初からそうした知識があれば、そもそもメアリーにひどい嘘を吐こうだなんて思わなかっただろうが。エルドレンは深呼吸をしてから、長い溜息を吐く。
「……お前の妹がメアリーを救ったのは事実だ。それに免じて、命は取らないことは約束しよう。」
「ありがとうございます。」
エルドレンの赦しに、キリアンとアンナは肩を撫でおろす。
「で、お前、誤解を解くとは?」
急にエルドレンが振り向いたせいで、アンナはびくりと体を震わせる。
「ただ、手紙だけ渡していただけませんか。謝りたいんです。」
「検閲させてもらうが。」
「構いません。」
アンナが頷き、すぐに手紙を書くとは言った。だが、現状はエルドレンでさえ、その手紙をどこに持っていけばいいのかわからないままでいた。




