113 生い立ちを重ね合わせて②
ここで、マシュベリーの生い立ちに戻る。
まず、彼女は第1子を流産で失っているが、厳密に言えばウィリアムとの間の第1子を失ったと言うのが正しい。何故なら、彼女の妊娠はこれが初めてではなかったからだ。
彼女は時折、母の出身国である大公国を訪れることがあったが、幼少期はほとんど城にこもりきりの令嬢だったらしい。彼女の初めての妊娠は、ここサザランカ領にいる時なのだ。
それは2重の意味で公にはできなかった。1つは宗教的な意味で、自発的な流産は公には認められていなかったからだ。ただ、だいぶ経ってからここにやって来たアンナですら知っているように、サザランカ領の教会関係者には知れ渡っている。そして、もう1つはおぞましい理由で。
サザランカの城にはその領主とその妻、子どもたちしか暮らしておらず、幼い弟を除いては、男性は1人しかいないと言えばわかるだろうか。
彼女には2人の姉と、1人の弟がいた。そう、いたのだ。姉の1人は4歳、もう1人は6歳の時に亡くなっている。
噂では、姉2人の死因はきっと同じだろうと言われていた。言い換えれば、マシュベリーは姉2人の時の反省が生かされて、望まない妊娠するにとどまり、命だけは助かった。それが果たして幸運と言えるのか、人並みの幸せを手に入れられないアンナですらわからない。
その後は教会への相談がなかったことから、教会関係者は領主は流石に反省したのだと考えていたようだ。献金に伴う領主のおぞましい行為には目をつぶる教会も、マシュベリーの妊娠は衝撃を受けていたようだから、それが繰り返されることなく、安堵していたことだろう。
だが、アンナにはわかる。実際はそんなことはなかったからこそ、マシュベリーは身を守るために、メアリーに盛った毒を体内、それも奇特な場所に保管していたのだと。
もしかしたらその毒は母から与えられたのかもしれない。領主たる夫から娘への狂行により、娘2人を失ってもなお、母は領主の行動を止めていないのだろう。これは想像にしか過ぎないが、海外に嫁いで後ろ盾のない母は嫁いだ後に夫の狂気じみた趣向を知った上で、見知らぬふりをしたのか、子を守ろうとしたが守り切れなかったかのどちらかではないだろうか。
どうか後者であってほしいと思うと同時に、マシュベリーの行動からは前者も否定できない。だが、時折、大公国に帰省していたのは、娘を思う気持ちからかもしれない。
ただ、それすらも抑圧されてきたマシュベリーにとっては毒でしかなかった。正しい愛情を向ける両親、それを一身に受ける従姉妹たち。大公国に残った親族は重要な役職について、一城の主として振舞う。母がここに残ってくれされすれば、マシュベリーもこの温かな暮らしをなんの疑いもなく享受できていたのだ。
小国である大公国の王族からすれば、侯爵家とは言えスッツデール帝国という大国に嫁いだマシュベリーの母は一目置かれていたはずだった。
だが、従姉妹のセレスティア、つまりエルドレンの母は北の大国のシェレンディア帝国現皇帝、当時の皇太子に気に入られ、妃として嫁いでいくことが決まった。手のひらを返したように、人々はマシュベリーにも、その母への関心をも失っていった。
さらに、大公である叔父の改革が実行されれば、親族経営は見直され、母がスッツデール帝国にいる父と離婚しても大公国に戻る場所はない。それはつまり、マシュベリーが一縷の望みとしていた居場所すら奪うものだった。
だからこそ、彼女は大陸中で知られる大公国での反乱事件を起こしたのだ。この件については世界では、彼女の母が起こしたとされている。ただ、アンナはマシュベリー本人からその真相を聞いたことがあった。
ここからはアンナの妄想も混ざる。だが、全くの嘘でもないはずだ。
マシュベリーの母も思うところがあった。だから、大公やその近しい身内にはマシュベリーが反乱の主犯格であることはバレていても、その罪は母が背負ったのだ。
今更、母親ぶられても意味がない。そんなことをされてもマシュベリーの傷つけられた体はもとに戻らないのだ。ベッドの上で血を垂らし、蹲る。わざと父が開けたドアからの隙間風が当たり、マシュベリーは覗き込んだ母の冷たい瞳と目が合い、逸らされる。光はもう、ここにはないのだ。
消極的に自分の居場所を手に入れられないのなら、こちらから手に入れてやればいい。ちょうど同世代の皇子は母を亡くして心を痛めている。私に絶望を与えた母には最期くらい舞台装置として役立ってもらおう。
母から与えられた毒は1度目の妊娠後、マシュベリーの身を守るものとして与えられたが、それを母に与えるとは皮肉なものだ。母はわかっていただろう。娘に殺されようとしていることも。ただ、それを黙って受け入れていた。そんなしおらしい様子でさえ憎らしかった。
企ては上手く行き、障害はありながらも、私は皇后の地位を手に入れた。すぐに第1子も妊娠し、やっと幸せを手に入れたかに思えた。産声のない出産を経験するまでは。




