108 目覚め
「「「メアリー!?」」」
一斉に声をかけられたメアリーは状況が分からず、こてんと首を傾げる。
「どう?おかしなところはない?体はちゃんと動くかしら。」
駆け寄ってきたアンナがメアリーの毛布を捲り、足を動かしたたり、叩いたり、メアリーに指示を出して体を動かさせたり慌ただしい。
「アンナ、急にどうしたのよ?」
「メアリー様はマシュベリー皇太后に毒を盛られたのよ。」
「そうなの?でもみんなが助けてくれたのね。」
状況を理解していないメアリーはひとりのほほんとしている。1週間以上眠っていたことなど、つゆも知らないのだ。無理はない。
「エルも、アンナも、そしてエーデルも助けられたみたいね。エイダも心配かけてごめんなさい。」
メアリーは部屋を見回して、ここがスッツデールの城内だと気が付いたようだ。
「メアリーが倒れたあと、マシュベリー皇太后たちは亡くなったよ。」
「そうなの?」
驚きの表情を見せるメアリーの様子から察するに、あの夜の記憶は幾分か飛んでしまっているのだろう。エーデルの行動やシュレインのことはぼかして、エルドレンは彼女にあの夜のことを伝える。
「そう。」
メアリーは話を聞いて、一言つぶやく。ウィリアム皇帝に毒を盛り、王女にも毒を盛ったのだ。前者は証明できないから修道院送りに留まるかもしれなかったが、後者については証拠が残っている。彼女の死は避けられないだろう。メアリーは事実を正しく理解していないようだったが、結果としては同じことだ。誰も正直にあの夜の顛末を伝えようとは思わなかった。
「記憶も問題ないかしら?私たちが誰かはわかっているようだけれど。」
話題を変えるように、アンナがメアリーの診察を行う。
「たぶん。ただ、秘密の通路を抜けた後から記憶があいまいなの。」
メアリーは頭が痛いのか、片手を頭に添える。そんな様子を見ていたエイダはメアリーの手にホットミルクの入ったカップを乗せた。
「エイダ、ありがとう。」
「ホットミルクです。蜂蜜入りなので喉にいいかと。」
その会話を聞いていたエーデルは、蜂蜜の瓶をじっと見つめて、静かに首を振った。
「エル、懐かしいわね。」
メアリーはカップに口をつけてから、エルドレンに声をかける。
「懐かしい?」
「あれ?違ったっけ。」
エルドレンはメアリーのその一言に心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。婚約を申し込んで、メアリーに顔を合わせてから、ホットミルクは口にしていないのだ。
「メアリー、それはどこで飲んだ記憶だ?」
エルドレンは声を震わせて、メアリーに尋ねる。
「やっぱりそうよね!えっと、城下街だったような。あれ?でもラウストの城下街はエルとは歩いていないはず……。」
メアリーはカップと彼の顔を交互に見ては、唸り声を上げる。
「まさか、何か開いてはいけない記憶の扉を開いちゃったかしら。」
「アンナ、私、頭が痛いかもしれない。」
両手で腕を握り寒そうにするメアリーを見て、エルドレンは少しでも温めてやろうと横からメアリーを抱きしめようとした。
「やめて!」
メアリーの声にエルドレンはさっと身を引く。メアリーは大声を上げた自分にも驚いているようで、視線を左右に揺らしている。
「あ…ごめんなさい。混乱してて……。」
彼女は本当に頭が痛いのか、今度は両手を頭に抱えていた。
「メア―ー」
「とりあえず出て行ってくれるお2人さん。」
エルドレンの言葉は遮られ、アンナの指示で、エイダにより摘まみ上げられるとエルドレンとエーデルは部屋の前に投げ出された。
巻き添えを食らったエーデルは不思議そうにエルドレンの顔を見る。メアリーの元々婚約者だったと紹介していたから、なぜそんなエルドレンが彼女に拒否されるのかわからないと言った表情だ。正直、自分にもよくわからない。
「メアリーに何かしたの?」
「何もしていないと思うんだが……。」
エルドレンは束の間のメアリーとの余韻を噛みしめつつ、エーデルに手を引かれて、肩を落としてその場を後にした。




